はびこる害虫
新年早々胸糞な話で申し訳なかったり……
PV27000! ユニーク4000突破しました! いつの間にやら評価も3桁いってるー!
えっちらおっちら続けます。感謝します!
「どこに行くんだ?」
「あ~う?」
「いいからついてこい。目立ってしょうがないからお前も外套を被れよ。出来れば背中のは置いてきて欲しかったんだが……」
「あぅ!」
「――無理そうだからな」
要件を伝えずに歩き出したシンに、魔力不足で気怠くなった身体に鞭をうってトランスはついていく。敵意のようなものは感じなかったものの、段々と家屋は寂れていき、薄暗い雰囲気になっていく路地に不安を覚え声をかけるが、足早に迷いなく歩く為、ついていくのもやっとだ。リーゼのことを気遣う言葉をかけるものの、ひっしとしがみつくリーゼを見て早々に諦めていた。
道は悪くなり、心なしか悪臭すら漂い始める。周囲を見ても地面に力なく横たわっているものや、服とも言えないぼろぼろの生地を纏ったものさえいる。一様に警戒、諦観、といった負の感情に溢れていた。
「ここは?」
「貧民街だ。お前が治療してたやつの大半がここにいた奴さ。王侯貴族様が言うに……ごみ溜めだよ」
「う……」
リーゼのしがみつく力が少し強くなり、トランスはそっとその手を握った。トランスが困惑した様子を浮かべていると、シンは家屋の影へと隠れ、トランスを引っ張り込む。
「なに、世間知らずに現実を見せてやろうってだけさ。ここからは口も手も出すなよ」
意味が分からずにいるが、シンが息を潜めたため、同じく息を潜め、視線の先を追うと、見覚えのある少女が重そうな桶を抱えて歩いていた。
「よいしょ……よいしょ……」
だが、トランスはすぐにおかしい点に気付く。教会で傷を癒してから7つの日が跨いでもいない。綺麗さっぱり治っていた肌は擦り傷だらけになり、心なしか顔が腫れている。重い桶を持っているにしても足取りがおぼつかない。手を貸したい衝動を、後ろからくる無言の圧力を感じ押しとどめる。やっとのことで目的地と思われる家屋へとついたことに安堵をしていると、予想外の怒号が襲う。
「おせぇ! 朝早くに汲んでおけって言っといただろうが!」
「あぅ!……ごめんなさい、ごめんなさい」
「水が零れたろうが! さっさと汲み直してこい!」
バシッ――と、とても子供を折檻したとは思えない程の音が響き、水を汲んだ桶ごと少女が地面に倒れ込む。叩かれなければ水は零れなかったであろうに、原因を作った元凶がそれを見ていきり立つという理不尽が少女を襲っていた。思わず飛び出そうとするトランスを羽交い絞めするようにしてシンが止める。
「まだだ。見ろ。目を反らすな」
「なにを――あれは……!?」
「うぅ!?」
襟首を掴んで家屋の外へと放り投げた男は、少女を治療してくれと教会へと運んだ男だった。その事実にただただトランスは絶句する。リーゼもトランスへとしがみつき、その光景を信じられない目で見ていた。ふらふらと水を運ぶ少女の背中を、トランスは力ない目で追いすがっていた。
逃げることは許さないといわんばかりのシンの圧力を受けながら、少女を見守り続ける。男は昼間から酒を飲みゴロゴロしており、当たり前と言わんばかりに、少女に怒号を浴びせ、身の回りの世話をさせていた。外が薄暗くなり始めたころ、男が起き上がり少女へと告げる。
「よし、今日も行ってこい」
「あ……、お父さん……行きたく……ない」
「あ?」
「ひっ!?」
「お前は言われた通りにしてればいいんだ? また殴られてぇのか!」
「ごめん、なさい……」
とぼとぼと少女は薄暗い路地を歩きだす。シンの目配せを合図に、トランス達は少女の後をゆっくりと追った。
「はっ、これでまた美味いただ酒が飲める。力加減を間違って焦ったが、お人好し様様だぜ」
背中ごしに、酒を呷りながら呟く男の声を、確かに耳にしながら。
薄暗い裏路地にて、少女のむせくぐもった声が聞こえる。男たちの下卑た笑い声が響き、甚振られ、奉仕という名の苦行をその身に浴びていた。シンは片手でリーゼを抱えるようにして目と耳を塞ぎ、トランスをがっしりと捕まえている。何度も飛び出そうとしたトランスをシンはドスの効いた小声で引き留めた。
「あれは契約だ。対価を得るためにその身を差し出しているに過ぎない。あたしらはこの国の兵士でもなんでもない。拘束する権利はない。斬りかかりあいつらを殺せば、捕まるのはこっちだろう。少なくとも……、このごみ溜めで生きていくためには必要なことだ。お前の癇癪で彼女が生きる糧を、術を奪うのか? 少なくともお前が止める権利はない。うすうすわかっているんだろう? ただ、見ろ。現実を、これがお前の犯した罪だ」
トランスは顔を蒼褪め、手は震え、冷や汗が止まらない。トランスはあの時の教会の出来事を思い浮かべる。床にぞんざいに投げ捨てられた少女、ただ生活をしているだけであんな傷はありえない。気づくべきであった。ただ出来るから治した。辛そうだから、痛いだろうから、やれることはやるべきだと、安直な考えがトランスを突き動かした。記憶の中の少女の濁った視線がトランスを捉える。そして唇がかすかに動く。その口の動きから、はっきりとトランスの耳に、幻聴のようにはっきりと聞こえた。
『コロシテ』――と
やがて裏路地からの声は消え、身なりを崩した少女が少ない額のお金と、酒瓶を大事そうに抱えて来た道を戻っていく。その後ろを、トランスは追えなかった。ただただ膝から崩れ落ち、ぼんやりと眺めていた。その後、トランスは高熱を出して寝込み、治療は一度中断となる。
その数日後、貧民街で男数名の惨殺死体と、少女の死体が見つかったという噂がトランスの耳へと届いた。