善意に群がるもの
明けちゃいましたね。今年もよろしくお願いします。
実りある年にできるといいですね。
「俺が……、治そう」
神父とのやりとりを静観していたトランスだが、傷ついた少女を見ていられなくなり、思わず声を上げた。
「はっ、お前みたいなやつが治せるわけないだろ?」
ぴたりと足を止めたシンが、兜で表情は窺えないものの、怪訝そうな声でトランスを見やる。
「治癒魔法を使うことが出来る。出来るだけのことはやってみよう」
「少し出来るぐらいで治せるような傷じゃねぇだろ! だいたいここは教会だ! 勝手なことを――」
「いいでしょう」
「おい! じいさん!」
「別にいいでしょう。わしらに何の損害もない。トランス……だったか? 許可するからやれるだけやってみなさい」
神父の言葉にトランスは頷く。全員の視線を受けながら、少女の前にしゃがみ込み、手をそっと触れた。
「治癒魔法」
光が少女を包み込むと、腫れあがった部位や、擦り傷が逆再生していくかのように治っていく。光が収まるころには、元よりも綺麗になったのではないかという程までになっていた。
「あーう!」
「まじかよ……」
「ふむ」
「すごい……」
リーゼが得意気に胸を張り、シンは掴んでいた襟首を放す程呆気に取られ、神父は興味深そうに傷の癒えた少女を観察しており、マイラは治癒魔法を使えることを知らなかったため絶句している。
「あ、ありがてぇ!」
「あっ! おいこら!」
「ほっておきなさい」
「……ちっ」
少女を連れてきていた男は、これ幸いと少女を抱きかかえると、逃げるようにして教会を去っていった。シンは取り押さえようとするが、神父の言葉に動きを止め、舌打ちを返した。すぐにトランスに向き直ると、胸元のマントを掴み顔を寄せ、息がかかる程に近づき低い声で忠告する。
「お前、何したかわかってるのか?」
「助けを求めていた……。何が悪い?」
「……ちっ、素かよ。余計に質が悪ぃな。用は終わったろ。さっさと出てけ」
「ちょっと、シン! そんな言い方はないでしょ?」
「ふん」
明らかに機嫌を悪くした様子のシンは、追い出すようにしてトランス達を教会の外へと押し出すと、力任せに扉を閉める。シンは、力が抜けたように扉に寄りかかった。神父はつかつかと歩み寄ると、眉間に深い皺を寄せ、シンに告げる。
「わしのことはいい。しばらく彼についていてあげなさい」
「……やっぱ、そうなるよなぁ」
「なに、道を示すのも神父の務めよ。少なくとも、お前にならその資格はあるだろう」
「だったらじいさんが行けよ。神父の務めっていって何で行くのがあたしなんだよ」
「ごほごほっ、こんなか弱いじいさんの、やせ細った骨を折れって言うのかの?」
「こうゆうときばっかり年寄りぶりやがって……。ちっ、ちょっと出てくる」
「うむ、頼んだぞ~」
シンは億劫そうに教会から出ていき、その後ろ姿を神父がひらひらと手を振り見送る。姿が見えなくなったところで、神父は誰にとでもなく呟いた。
「さて、あれほどのことをわしでも出来るか……。少し、調べてみるかのぉ……」
その後しばらく、教会は神父の体調不良を理由に門を閉ざした。時は数日経ち、トランス達の泊まる宿、巣立ちの鳥籠に女将の声が響き渡る。
「ちょっと! いい加減にしなよ! ここは教会でもなんでもないんだよ! あんたも断りな! あんたが治さなきゃいけない理由もないだろうに」
「いや、出来る事だけはしよう。迷惑をかけてすまない」
「迷惑がどうとか言ってる訳じゃないんだけどね……こらそこ! 割り込むんじゃないよ! 追い出されたいのかい!」
火傷や切り傷、重傷な者から軽症な者までみすぼらしい姿をした人々が並んでいる。列を乱そうとした者がいるが、女将の一喝ですごすごと列に戻っていった。チータも不安そうにそれを眺めている。
「治癒魔法」
「お、おぉ、ひきつった痛みが引いていく! 動く! 動くぞ! ありがとう……ありがとう!」
不自由であった腕が治った男が、感動にむせび泣きながらトランスの腕を取る。明らかに古傷であったものの、綺麗さっぱりと消えてなくなっている。それを見た行列から感嘆の声があがり、続々と列が進んでいく。
「もうだめかと……騎士様……助かったよ……」
「こ、これぐらいしかないけど、感謝の気持ちだ! 受け取ってくれ!」
「あぅあぅ!」
次々と傷を癒すトランスに、銅貨や鉄貨、およそ価値のあるかわからないガラクタまで、リーゼが受け取って袋へとしまっていく。前者の価値を見て報酬を判断しないようにする措置のようだ。
「ほら! 今日はここまでだよ! さっさと帰りな!」
「いや、俺はまだ……」
「――今日は終わりだ。これ以上は営業妨害で追い出すからね? あんたらもわかったね?」
女将が呆れたような表情を一度浮かべると、周囲を睨みつけるようにしてドスの効いた声を響かせる。あっというまに行列は散り散りとなっていった。ため息をついた女将の目には、顔色を悪くし、かすかに手を震わせるトランスと、それを慰めるように付き添うリーゼの姿があった。
「はっ……、偽善者が……」
宿の入り口にはシンが腕を組んで寄りかかり、冷めた目でトランス達のことを見ていた。
始めこそ噂を聞きつけたのか、小さい子供の火傷を治して欲しいと母親がなけなしのお金を持って宿を訊ねて来た。火の不注意で顔が焼け爛れてしまっていた子供の顔を治すと、母親は涙を流し感謝し、宿を後にした。あれよあれよという間に貧しい人々を中心に噂が広まり、トランス達の元に人々が押し寄せるようにやってきたのだ。始めこそ際限なく治していたトランスだったが、一度魔力不足で倒れてからは、女将が様子を見て止めるようになっていた。
「甘い蜜に集る虫……ってとこか。おいっ、多少余力は残ってんだろ? つきあえ」
数日の間監視するようにいたシンが、トランスを呼び出す。いつもなら治療行為が終わるとふらりと消えていたが、今日にいたっては様子が違った。
「どこに行くんだ?」
「あぅあぅ?」
「そうだな……害虫駆除ってところか」
シンは腰に下げた細剣を軽く見やると、兜ごしからでもわかるほど獰猛な笑みを浮かべた。