業突く神父の護衛騎士
やっと更新できました。評価、ブクマありがとうございます。ちみちみと更新頑張ります。
「すまないな、マイラ。忙しいだろうに」
「あぅあぅ」
「いぇ、いいんですよ。何もお返しできないので、これぐらいはさせてください」
人混みの中を、子供を背負った騎士が、シスターのやや後ろをついていくという不可思議な光景がそこにある。一瞬奇異の目を向けられるが、それが子連れ騎士だとわかると、またお節介か何かだろうと視線が外れていく。よくも悪くも、子供達を連れて歩くトランスの姿は、一部では有名になりつつあった。
「バルトロが来れれば良かったんだが……、あれは無理だろうな」
「あはは、ギルドマスターもレンリさんには勝てなかったみたいですね」
「あーう」
賢者より教会の話を聞いたトランスは、バルトロに案内を頼み、本人は快諾をした。
「よっし、俺に任せて――」
しかし、無言でレンリが書類の束を机に積み上げ、それを制す。
「マスター。仕事が溜まっています。いい加減事務処理もしてください」
「そんなもん後に」
「仕事をして下さい」
「じゃぁ、レンリが」
「――仕事をして下さい」
「だったら」
「だったらも何もありません。仕事をしてください」
「えっ、いや、これも仕事……」
「マスターでなければ出来ない仕事ではないです。ご自身の! 仕事をしてください」
「え~と……」
筋骨隆々の大の男が、どう見ても華奢な女性であるレンリに気圧されるという状況。バルトロがトランスに、助けを求めるような視線を求めるが、ギロリとでも擬音がつきそうなレンリの視線までこちらに向き、思わず視線を逸らしてしまったのはしょうがないことであった。
「女性を怒らせると恐ろしいな」
「ふふ……、そうですよ、怒らせると怖いんです」
「リーゼを怒らせるようなことは、しないようにするとしよう」
「うっうー!」
「うふふ、仲がよろしいんですね」
ぺしぺしとリーゼに頭を叩かれながら、トランスとマイラはたわいない話しに華を咲かせつつ教会へと向かっていく。バルトロに仕事をさせるために、レンリが孤児院のマイラへと案内役を頼んでいたのだった。見知らぬ相手よりも、見知った相手のほうがいいだろうという気遣いができるレンリ。出来る女である。
少しづつ人の通りが少なくなり、道もしっかりとした作りへと変わっていく。先ほどまで好意の視線すら向けられていたものと違って、少し作りのしっかりとした衣服を纏った人が増え、トランスへの視線は嫌悪すら混じったものが混ざり始めていた。
「しかし、王都は広いな。このあたりは初めて来た。神父も変わっていると聞いたが、そんなにか?」
「そうですね。あまり人を信用しない方です。レンリさんが私を案内役にしたのも、孤児院には教会も関与しているので、顔見知りだからでしょう。初対面で頼み事や面会をお願いしても、門前払いか金銭を要求されるでしょう」
「金銭……?」
「……はい、金銭です」
「あぅ?」
自分の抱いている神父のイメージとはかけ離れた答えに、思わず聞き返すものの、申し訳なさそうな声でマイラが同じ答えを返す。会ってみればわかりますとだけ、困った顔でマイラが言うのだった。
しばらく進むと、教会という割に立派な建物が目に付く、周囲と比べるとどうにも浮いて見える程だ。さらにその異質さを顕著にしているのが、大きな両開きの扉の前に陣取った、金の装飾が施された純白の鎧を着た騎士だ。細身であることから女性のようであるが、誰であろうと受け入れるという教会ではあるまじき程に、誰も通さぬといった威圧さえ感じる。しかし、マイラはそれを意に介さず、声をかけた。
「シン、久しぶり。神父様にお会いしたいのだけれど、通してもらえないかしら?」
「……マイラか。お前は?」
見知った仲なのであろうマイラへの口調は柔らかい。しかし、トランスへと投げかけられた言葉は、すでに棘を通り越し、抜身の剣を相手どっているかのように鋭い。
「トランス、只の冒険者だ」
「あうえ、あうえ!」
「……リーゼだ」
背中越しに、名前を必死に伝えようとするリーゼを、撫でて静止しながらトランスが代弁する。マイラがそれを見て苦笑しているのをみて、シンと呼ばれた騎士から少しだけ威圧感が収まる。すると、シンは手の平を上に向けて右手を差し出した。
「……む?」
横向きならば握手だろうが、手の平が上ということに一瞬疑問を覚えるが、特に握手以外の選択が思い浮かばずに右手を手の平に乗せる。まるでお手のように。
しんと場が静まり返り、首を傾げながら手を合わせた騎士の顔を交互に見返るリーゼ。なぜか笑いをこらえるようにぷるぷると俯きながら震えるマイラ。戸惑っていた様子のシンが呆れたように声を出す。
「通行りょ……寄付だ。寄付をよこせ」
トランスは手を跳ねのけられ、首を傾げる。寄付とは善意などから行うものではなかっただろうか。これではまるで恐喝のようだ。仕方なく銅貨を数枚手に乗せるが、微動だにしなかったため、結局銀貨を渡すことで満足そうにシンはその場を頷く。思い出したようにリーゼに手の平を上に手を向けるが、ニコニコとしながらリーゼがトランスの真似をして手を乗せると、しばらく無言になった後、それ以上の要求をすることはなく扉の隅へと引いた。決してマイラが後ろから睨んでいたからではないのだ。