魔法と魔導
や、休みプリー……!(黒夢はログアウトしました)
「魔導士……?」
聞きなれない言葉に、サラは思わず首を傾げ、キョトンとしているが、賢者は意にも返さず言葉を続ける。
「世界は魔力に満ちている。そして、魔法使いはそれを用いて魔法を使う。形のない魔力に、自らの魔力を織り交ぜ、一時的に事象を起こさせる」
これは魔法使いにとって基礎の基礎である話しだ。全てを叶えると言われる魔力の所以は、その万能性にある。この世は魔力で構成されており、火や氷に形を変えることが出来る。しかし、魔法使いが起こせるのは一時的な変化だけで、すぐにその事象は魔力として霧散してしまう。事象が起こした結果だけがその場に残るのだ。
魔法の火で物は燃える。魔力で構成した火は消えるが、燃えた物は燃え続ける。相手を凍らせれば、冷え切った身体や凍傷、裂傷などの結果は残るが、実際には起こした事象は綺麗さっぱり魔力へと戻っている。
「魔に法を与え秩序を守る者と謳う者もいるが、実際は違う。魔を操る自分たちこそが法であると声高に謳っているにすぎない」
淡々と賢者は語っているが、まるでそれは魔法使いを批難するかのように声が鋭い。実際に魔法使いとは素養が全てと言っても過言ではない。優秀なものは小さい頃から優遇され、傲慢になる者も多い。そんなことを思い浮かべながら、サラは聞き逃さないよう耳を傾け続ける。
「自由である魔力に、法という枷をつけて奴隷のように振り回しているだけなんだよ」
「奴隷のように……」
ごくりと唾を飲み込む音がサラの頭蓋に響く。一介の魔法使いならば、このことを賢者に言われたところで、鼻で笑っていたかもしれない。だが、サラは違った。自我が飲みこまれるということは、魔力に意志があることを明確に示している。
「自分と魔力の境界線がわからなくなるほどに、君は魔力との親和性が高い。ならば、なぜ法で縛る必要がある? 元々君はすでに周囲の魔力と同等なんだ。君に必要なのは、魔法使いのように、自身の魔力を使って無理矢理に従わせることじゃない。魔力自らの意思として、導くことだ」
「導く……、だから、魔導士」
賢者の言葉が、サラの心の中にストンと落ちていく。どんなに訓練をしていても、どんなに思考を巡らせても、自分は魔力を使おうとしかしたことはなかった。
「そう、だから君には目指してもらおう。これが求めても求めても届かなかった頂に。手を伸ばしても届くことのなかった世界に。君は、あれの隣に立とうというのだろう?」
才能も、力も雲の上程もある賢者から、まるで羨望のような眼差しを受けサラは戸惑うが、あれというのが誰を指しているのかを察し、表情を引き締め、力強く頷く。
「はい! 私は、トランスさんと共に歩めるようになりたいです!」
「なら、これの修行は厳しいよ? ついてこれるかな?」
真顔のまま首をコテンと傾げる賢者は、容姿が幼いにも関わらず狂気すら感じる。サラは、背中に薄ら寒いものを感じながら、不敵に笑いかけた。
「賢者様についていくだけじゃ、彼の隣には立てません。すぐに賢者様の隣に立つぐらいの気概でやりますよ」
面食らったように固まる賢者だったが、一度瞳を閉じると、口元を緩めながら笑いだす。
「ぷくく、あははは! 良く言った。今までの生の中で、隣に立とうだなんていった奴は初めてだ。そこまで言ったんだ。立ち止まろうものならひきづってでも連れていくからそのつもりでね」
「……は、はい!」
言ったことを早くも後悔しつつ、ひきつった笑みを浮かべながら、サラは賢者の手を取る。
それからしばらくの間、迷宮周辺の森から女性の叫び声が聞こえ、何度も冒険者や衛兵が駆り出されることになったらしいが、何も見つかることはなかった。