サラへの通告
「さて、依頼のほうは無事に果たしてもらった訳だし、そろそろサラ君の修行を始めようか」
「は、はい」
トランスさんが目覚めてしばらくすると、賢者様よりとうとう修行の開始が宣告される。郊外に出るだけでも認識を阻害したり、門を通らず転移で壁を抜けたりと底が見えない賢者様に魔法を教われるなんてとても恐れ多い。リーゼちゃんはトランスさんから離れるのを嫌がり行動を共にしている。これから教会のほうに顔を出すと言っていたけど大丈夫だろうか。
「賢者様はどうして一緒に迷宮に行かなかったんですか?」
「あぁ、あれはね、あの子の協力が必要不可欠だったのさ。装備に付随した呪いといっても過言でないほどの繋がりを利用したわけだよ」
基本魔法使いは自身の魔法については秘匿したがるものだけれど、道中疑問に思ったことを質問すると、世間話のように答えてくれる。知ったからといって真似できるかは別だけれども、すごいことだ。
「バルトロと騎士君がいたところは、いわゆる隔離された亜空間みたいなものでね。一緒に入っていたら簡単に脱出できるものではなかったんだよ。それに、迷宮内は敵の腹の中みたいなものだからね。これの魔力を糧にされる恐れもあった。君たちの繋がりを利用したようで悪いけれど、必要な措置だったんだ」
私だけだったら、ただ力になりたいからと一緒に迷宮に潜っていたかもしれない。魔法をただ使うだけではなく、使い方も色々と考えないといけないだろう。私は賢者様からの教えを聞き逃さないよう必死に耳を傾ける。魔力の節約と言いながら、昨日迷宮近くの森へと転移した壁の近くに寄ると、転移し、昨日と同じ場所へとたどりつく。
「まぁ、少なくとも君は、これとは違った方法をとれるようにはなるだろうけれどね」
「が、がんばります!」
賢者様はご自身のことをこれ、とまるで感情の無い声で物のように言う。ギルドマスターのバルトロさん曰く、拗れたと言っていたものの、詳細は聞きづらくて聞けていない。それに、迷宮で戦うトランスさんに魔力を送る際に見えた光景や、『人は君をこう呼ぶだろう』という言葉が気にかかって仕方がない。やっぱりトランスさんの記憶は教会と関係あるんだろうか。私は弟子となる訳だし、いつか聞けたらいいんだけど。
「このあたりでいいかな。まず、君は自分の体質をどこまで熟知している?」
昨日よりもさらに奥まったところまでくると、賢者様は振り返り、質問を投げかける。私は今のところ分かっていることを素直に答えることにした。
「えっと……、魔力の変換効率が悪く、そのくせ周囲の魔力を吸収する速度だけが早いです。自分自身の魔力に変換しきる前に吸収してしまうので、属性や感情に影響が出てしまいます。今現在はこの装備のおかげで大分ましになりましたが、賢者様のご存知の通り、暴走を起こすぐらいにはまだ変換が追い付いていません……」
自分自身の欠点であるので、こうやって話すだけでも嫌になってしまう。それ以前のリーゼちゃんを助けに行った際も、風の魔法を使いすぎて感情が引っ張られてしまっていた。あれも魔物の攻撃性と、風の魔力に色々と引っ張られていた結果だと思うと、未熟っぷりにため息が出てしまう。
「それで?」
「えっ? いや、これで全てですが……」
「これは、どこまで熟知しているかを聞いているんだ? それで?」
「え? いや、あの……」
無表情で淡々と質問を重ねる賢者様の圧に押され、言葉が出なくなる。知っていることは答えたはずなのに、氷のように冷たい眼がそれだけかと私に問いかけてくる。正直いって怖い。
「……はぁ、君はまず自分自身と向き合う必要があるようだ。欠点とは長所であり、長所は欠点ともなりうる。考え方を変えたほうがいい。少なくとも君のそれは才能だ。駄目だ無理だと諦めず、可能性を見出す努力をするべきだ」
「でも……」
言わんとしていることはわかるつもりでも、自分なりに色々と試行錯誤しても上手くいかなかった記憶が思考を阻害する。まるで全てを見透かすかのような賢者様の瞳が私を射抜き、身が竦む。
「魔力の吸収が早いということは、魔法を使う上で大きなアドバンテージだ。それだけ回復が早いということだからね。周囲の魔素に対して大きな影響力をもっているということになる。そして、属性や感情に影響があるということは、君は自分とは異なる魔力を使用できているということだ。普通の魔法使いにそれはありえない。他者の魔力は他者の魔力。それをそのまま使用することなどは出来ない。君はその例外ということだ」
「飲まれてしまって、自我を失ってしまったら……意味がないです」
相手が賢者様とはいえ、その言葉は私の心を余計に鬱屈とさせてしまう。考えたこともある。自分にしか出来ないことがあるんじゃないかと。膨大な魔力をもっており、無能に近いレッテルを張られていた自分とは違い。万能と称えられる賢者様に言われても、嫌みにしか聞こえない。こんな風に考えてしまう自分自身にも嫌気がさしてしまうのに、その感情からか、反抗的な言葉で返してしまった。
「そう、意味がない。少なくとも、魔法使いとしては大成できないだろう」
才能ある人物からの最終通告のような言葉に目の前が真っ暗になる気がした。きっと私は、否定して欲しかったんだと思う。でも、たとえそういわれても、諦めたくなくて、目尻に溜まった涙をこぼさぬように、必死に視線だけは外さなかった。
「だから、君には――魔導士になってもらう」
賢者様は私の眼を見ながらにやりと笑うと、そう告げたのだった。