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亡国の騎士  作者: 黒夢
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賢者が見る夢

 何か達観したかのような表情を浮かべた少年を、見目麗しい女性が呼び止める。


『駄目だよ。君はきっと後の世に必要となる。だから、あとのことは頼んだよ』


 その微笑みは誰もが見惚れてしまう程の清々しい笑顔。しかし、その笑顔をみた女性の心は、まるで地獄の業火に焼かれているのではないかという程に、焼かれ、痛々しい程に苦しむ。


 暗転し、視界が変わる。今度は、まだ成人とも呼べない程の少女。しかし凛とした佇まいは美しくも儚い。寂しそうに笑って、服装は変わってはいるが、先ほどと同じ女性に抱き着き、涙ながらに告げた。


『大丈夫、きっと大丈夫。必ず帰ってくるから。あなたは私にとって最高の仲間であり、親友だった。だから、あなたには見守っていて欲しい。この世界には、導いていく人が必要だから』


 少女に向かって女性は何かを叫ぶ。まるで慟哭かというほどの叫びをあげ、呼び止めるが、首を軽く左右に振った少女は、涙を、彼女を振り払うと、その場を去っていった。


 その後も場面が次々と暗転し、青年が、精悍な顔立ちの男性が、美しい女性が、年端も行かない少女が、必死に呼び止める彼女を置いて、暗闇の中へと消えていった。その光景の最期には必ず、見目麗しい()()()()()()が、泣きながらうずくまっていた。


 ゆっくりとまどろみの中から目を覚ますと、見覚えのある部屋に寝かされていたことに気付く。サラが運ばれていたギルドの医務室だったはずだ。未だに頭から離れない光景に眩暈のようなものを感じながら、ゆっくりと身体を起こすと、右手をリーゼが握り、左手にはサラが触れるようにして手を乗せていた。ずっと看病してくれていたのか、ベッドに頭を預けるようにしてすやすやと寝息を立てている。


「やぁ、目が覚めたかい」

「あぁ……、面倒をかけ――」


 声のした方へと視線を向けると、夢の中で見ていた見目麗しい女性の姿がそこにあった。が、瞬きをすると、賢者と呼ばれる見た目が幼女のエルフに戻っていた。見間違いかと頭を振り視線を戻すと、どう見ても幼女エルフであり、まだ寝ぼけていたようだと深くため息をついた。


「人の顔を見てため息とは、失礼だね君は。誰がここまで運んであげたと思ってるんだい?」

「バルトロ……ではないのか?」


 大の男をサラやリーゼ、ましてや賢者が運べるとは思えず、消去法でバルトロだろうとトランスはあたりをつけるが、やれやれといった表情を賢者は浮かべる。


「バルトロは、君と一緒で脱出と同時にぶっ倒れたよ。これが運んであげたのだから、少しぐらいは感謝をして欲しいものだ」

「……そうだったのか、すまない。助かった」


 一瞬どうやって……という思考が生まれたが、賢者と呼ばれるだけあり魔法か何かで運んだのだろうと、素直に感謝を述べることにした。


「……まぁ、こちらも利用したようなものだからね。君のおかげでバルトロの憂いは解消したようだし、お互い様ということにしておこうか」

「結局は助けれてばかりだった気もするがな。それに、本当に救えたのかと言われれば、そうではないだろう。滅ぼすことしかできなかった」

「本気でそれを言っているんだね?」


 先程よりも明らかに怒気を含んだ声に、一瞬トランスはたじろぐ。


「だとすれば、分をわきまえたほうがいい。英雄だろうが勇者だろうが、人であることに変わりはない。たかが人一人ができることになど、限界があるということをね」


 怒りから、悲しみにも似た感情のこもった言葉を残すと、翻すようにして部屋を去る賢者。去り際の賢者の表情は、まるで夢の中で見た女性のようだとトランスは思った。


「あ! うっ! うー!」

「トランスさん! 良かった! 目が覚めたんですね!」


 賢者が部屋を出たと同時に目を覚ました二人に、賢者がわざわざ起きないようにしていたことを悟る。意図がどうであれ、夢の中で見た女性が賢者なのだとしたら、自分に何か出来る事はないのだろうかと思考を巡らせる。そして、最後に彼女が悲しみに満ちた表情で言った言葉が、その思考を止めさせていた。


「二人とも、すまなかった。俺一人では何もできずに死んでいただろう。これからも力を貸してくれ」

「きゅ、急にどうしたんです? 当たり前じゃないですか!」

「うーうー!」


 恥ずかしそうにして手を握りしめるサラ。抱き着くようにして喜びを表すリーゼ。扉を挟んだ背に、賢者は嬉しそうな、哀しそうな、どちらともつかない表情を浮かべ、部屋を後にするのだった。

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