叩き潰す者
頭の中に怒号や喧騒が駆け巡っていく。既視感がある。だがこんなところ、人は知らない。
――おいっ! 止血しろ! 馬鹿野郎! 気をしっかりもて!――
目の前で腕を失った騎士が、家族と思われる声を呼びながら息絶える。
――大丈夫……。あの子は助かったよ。だから安心して……――
下半身が千切れたかのようになくなった女性が、自分よりも子の心配をし、無事を知るとゆっくりと瞳から光を無くしこときれる。
――あぁ……、あぁ……、願わくばこの世に安寧を……。全てに……安らぎを……――
神官のような服を着た少女が、青年が、女性が、男性が、老婆が、老人が、天を仰ぎ手を伸ばす。逃れられぬ死に、理不尽に、決して届かぬ手を伸ばす。数々の死や悲しみが目の前にフラッシュバックするかのように流れていく。まるで走馬灯のように、流れていく人々の最期。その瞳に移っていたのは、皆一様に――
「あああああああああああああああああああ!」
トランスは、涙でぐちゃぐちゃになった顔のまま、ロメオが離れ自由になった腕で、突き刺していた剣の柄を拝むように掴み、ありったけの魔力を注ぎ込む。
『全く、間に合わないかと焦ったじゃないか。アンデットたる死に抗うは生なる力。治癒の魔法を神官以上に扱える君なら使えるはずだ。不本意であろうと、人は君をこう呼ぶだろうね』
――聖騎士と――
「聖なる十字の裁き」
「オオ……オオオオオオ……!」
「カタカタ……カタカタ……カタ…」
突き刺さっていた剣から魔力が溢れ、地面に輝く十字架が浮かび上がる。眩しくもどこか暖かい光はスケルトンやアンデットを包み込んでいく。魔眼によりマークした核を取り込むようにして光はうずまくと、スケルトン達はことごとく消滅していった。
「お前ら……」
バルトロの震えるような声が、光の収まった迷宮内に響き渡る。そこには、所々アンデット化はとけていないものの、核から中心に生前であろう姿を取り戻しつつある【叩き潰す者】のメンバーたちの姿があった。
「バルの……馬鹿……、私達が……恨む訳ないじゃない」
「へへ、今や……お前のほうが……おっさんか……まだまだ、くんな……。大往生しやがれ……」
「父様は……誇りです……。マスターだなんて……さすがだなぁ……」
たどたどしい口調ではあるが、迷宮の呪縛が緩み、それぞれが懐かしむような顔を向けながら、涙を流し、恐らくは精神的に攻撃されていたであろう事柄を否定していく。だが、拒むような動きとは裏腹に、じりじりと武器を構え直すアンデットたちは、どこか達観したかのような顔でバルトロに口を開いた。
「バル……愛してる……」
「くるまで……まっててやらぁ……」
「父様……尊敬してます……」
「だから」
「あぁ……」
三人の声が揃う。それに蚊の鳴くような声で返事をしたバルトロ。しかし、それとは裏腹に、鍛え上げられた筋肉が膨れ上がり、周囲の空気が震えあがる。
「――叩き潰してやらぁ」
躊躇、そんな言葉をどこかに置いて来たかのような暴力の嵐が吹き荒れる。声に鳴らない雄たけびを上げながら、洗練された無駄のない動きで戦斧が舞い踊る。トランスは魔力不足の症状に苛まれながらも、その姿を目に焼き付けた。メンバーはここで潰えたかもしれない。だが、そこにそのメンバーを体現する者が確かに存在した。泣きながら、呻きながら、叫びながら、理不尽を暴力という嵐で叩き潰すバルトロは、まさに戦鬼、鬼そのものであった。
暴風のような斬撃が止むと、魔石が三つ床に転がり落ちる。それをバルトロは無言で拾うと、懐へとしまいこんだ。浄化された部分は核を中心としており、尚且つ再浸食はそこから起きていたことを見抜き、肉体という肉体を砕き叩き潰したバルトロ。その所業は元白金級であることを悠然を見せつけたのだ。
「すまねぇな。つき合わせた挙句、助けられちまった」
「いや……、力不足を痛感した。さすがだな」
トランスは差し伸べられた手を掴んで立ち上がる。バルトロはニッと笑うと、トランスときつく握手を交わした。
「さて、このまま迷宮をぶっ潰したいところだが」
「どうする?」
『おっと、今回はそこまでにしておいてもらおうか』
「だ、そうだが?」
「あん?」
賢者の静止の言葉に、バルトロに意見を求めるが、話が噛み合わず怪訝そうな顔をしている。
『バルトロには聞こえてないよ。とりあえず、君の肩に手を触れるようにバルトロに言ってくれ』
「賢者から念話のようなものを受けている。俺の肩に触れるように言ってくれと」
「あぁ、そうゆうことか、これでいいか?」
『よし、そのままだよ』
バルトロが触れるというより肩を組むようにすると、二人は光に包まれ、迷宮から姿を消した。
程なく、二人のいた迷宮は唐突に崩壊し、そこにあるのは虚無のような暗闇だけだった。