招かれた先での戦い
円状のフィールドの外周には観客席が並び、前方には大きく開いた扉が見える。まるで迷宮が、見世物だとでも言いたげに思える。中央には骨が散乱しており、ボロボロの鎧を着た人物と、ボロボロの修道着を着た人物が倒れていた。顔は伏せており窺うことが出来ない。呆気に取られていると、前方の扉から行進をしているかのような音が聞こえ、次々と武器を携えた人骨が歩いてくる。
「スケルトン! 戦っていたのか……!? まずい!」
「ちっ、おい! ま――くっそがぁ!」
思わず走り出すトランスに、バルトロが声を掛けようとするが、まるで妨害するかのようにプロ―ジョンスライムが5匹上空から飛び掛かる。戦斧を一閃することであっという間に殲滅するが、トランスが前へ出るのを止められなくなる時間には十分だった。
「疾走!」
「馬鹿野郎! そいつは――」
バルトロを置き去りにするように、トランスはグリーヴに宿った新たな力で突出し、倒れた二人組へとたどりつく。直線状に足跡がなければ、瞬間移動したと、錯覚するほどの速度に、バルトロの声は置き去りとされていった。
「大丈夫――か……?」
その場から退避させようと、倒れていた二人を脇に抱えるが、腐った肉のような臭いが鼻に突く。鎧は重いは重いが、修道着を着た人物に関しては、まるで枯木でも持ったかのように軽い。思わず動きを止めてしまったトランスの顔を、跳ねるように顔を上げた四つの暗い眼窩が見据えた。
「アン――デット!? ――ぐああああ!」
ぐったりとしていたアンデットは、それぞれがトランスの腕を取り関節を固める。ミシミシと音が鳴るほどで、いかに屈強な鎧と言えどそれが意味をなさない。周囲に散らばっていた人骨も、ゆっくりと人の形を取り戻すと、完全なスケルトンとして復活する。あっという間にトランスは拘束され、その周囲を複数のスケルトンによって囲まれてしまった。
まるで、処刑でもするかのように、スケルトンが短剣を腹部の鎧の破損部分へと突き刺そうとしたとき、獣のような雄たけびが大気を震わせた。
「こぉぉぉぉぉのぉぉぉぉぉお! くそ迷宮がぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」
行く手を阻んでいたはずのスケルトン達が、ピンボールのようにはじけ飛ぶ。そのままトランスに、肩から掬い上げるようにぶつかると、引きずるようにして持っていた戦斧を振り上げて、叩き下ろす。拘束していたアンデットの腕が根元から切断され、トランスは拘束から解き放たれた。
「すまない。助かった。」
「油断すんじゃねぇ!」
ぶしっと肉が断たれる音が聞こえると、戦斧を構え直したバルトロの肩口から鮮血が垂れ、バルトロは手で押さえる。いつの間にか軽装のアンデットが立っており、その刃からは血が滴っている。腕を立たれたはずのアンデットも起き上がると、何かに引っ張られるかのようにして腕が根元にくっつくと、元に戻ってしまった。
「随分しけたつらになっちまったじゃねぇか……。メロ、ロメオ……。オランも相変わらず俺の死角と隙を把握してやがる……」
静かな、だが不思議と響く声が響き渡る。感慨深くも穏やかな口調だが、その声には、明らかな怒りが含まれていた。ばらばらに砕けたはずのスケルトン達も、ゆっくりとではあるが、その形を元に戻していく。錆びた剣や皮の鎧など、その姿は容易に冒険者を想像させた。
「……知り合いか?」
「元パーティーメンバーだ。周りの奴も、ちらほら見知った奴らがいるぜ」
「そうか……」
トランスは確認を取ると、それ以上語ることをやめ、剣を構える。バルトロから感じる怒りとやるせなさに、それ以上かける言葉が見つからなかった。
「知っちゃいると思うが、アンデットは核の魔石を砕くか、本体から剥ぎ取ったりでもしない限り復活するぞ。――ちっ!」
スケルトンやアンデットは、魔石を核とした魔物であり、攻撃を加えることで一時的に行動不能にすることが出来る。しかし、魔石にその形状が記憶されているかのように、ゆっくりとではあるが、巻き戻されたかのように復活してしまうのだ。それを打開するためには、コアとなる魔石を砕く。復活する肉体や身体のベースであるものからリンクがきれるところまで遠ざける必要がある。生前の知り合いであったり、貴重な聖水や神聖魔法でなければ浄化できないなど、忌み嫌われている魔物である。
情報の共有などさせまいとでもいうかのように、オランと呼ばれたアンデットは投擲する。戦斧の影に隠れる形で弾くと、その姿をスケルトンの中に潜ませてしまい。薙ぎ払うとまたしても浅くはあるが、バルトロの皮膚を傷つけていく。
トランスが援護に向かおうとするが、割り込むように修道着のアンデットであるメロ、フルプレートに両手に刃物のついた盾を携えたアンデットのロメオが行く手を阻んだ。
「そう簡単に合流はさせないか、先ほどの借りは返させてもらおう」
目の前の人物が誰かは知らないが、バルトロが見せた表情から察したトランスは、まるで迷宮を睨みつけるかのように、自然とその手に握る剣に力を込めた。