バルトロの過去 2
内容に齟齬が出たため、迷宮の異変2のバルトロの息子がいたを、家族がいたに修正しています。
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「そんな……ひどい……」
迷宮の森の近くへとある手段で移動したサラとリーゼは、切り株や丸太に座ると、賢者の話に耳を傾けていた。相変わらずフードを被り、目は閉じたままだ。どうして歩けるのかとサラが聞いたが、『年の功だよ』と軽く微笑まれてはぐらかせてしまっていた。
「こっぴどく振られたからって指名手配するような馬鹿だよ? それだけでお察しってね」
賢者の発言に、思わずサラがキョロキョロと見まわしてしまうが、周囲には誰もおらずホッと息を吐く。もしも兵士などに聞かれたら不敬としか思われない発言に内心はひやひやものだ。当の本人はすまし顔でお茶を飲みながらのんびりとくつろいでいる。
「でも王都が無事だってことは、大氾濫は一体?」
「そうだね。起きたよ。ギルドの危惧通りにね」
サラの疑問に賢者は淡々と語り始める。そこには感情というものが感じられず、ただ物語を語り聞かせるかのように。
すぐにギルドは緊急依頼を発令。迷宮の掃討作戦を決行した。しかし、実力に自信ないものや王都に愛着のないものは直前に逃げ出し、その人数は大氾濫に挑むにしては心許無いものだった。そこでギルドは一計を案じる。軍事演習を行う日取りに、掃討作戦を決行したのだ。
「掃討作戦を行ったとしても、それで大氾濫が起きるって限らなかったんじゃ?」
「迷宮っていうのは生き物だ。溢れんばかりに蜂がいる巣をつついたら?」
「――あっ! なるほど!」
軍事演習を行うために離れてしまっては意味がない。周到にタイミングを図り、準備が行われていることを見計らって掃討作戦は開始された。冒険者達が迷宮に雪崩れ込むと、普段の生態系ではありえない状態になっていた。深層の魔物が弱めの魔物を食い散らかしながら現れ、冒険者側は共食いを利用しながら善戦した。――善戦してしまった。まるで誘いこまれるかのように。
「迷宮という腹の中で過る勝利の予感。高揚感。それが罠とは知らずにね」
トランスと引き離されて拗ねていたリーゼも、サラと共に息を呑む。淡々と語る賢者の口調が、余計に迷宮の恐怖を煽る。
撤退を判断できるギリギリの分水嶺。そこで異変は起こった。明らかに魔物の質と圧が変化し、冒険者達は押され始める。一人二人と倒れ始めると、形勢の振りは明らかだった。極めつけは倒れた冒険者が、異様な速さでアンデット化し、空いた穴をフォローしていた冒険者達の背後から襲いかかる。先ほどまで肩を並べ、背中を預けていた仲間に襲われるという事態に、討伐隊は一気に崩壊、撤退を開始した。
「バルトロさん達も戦ったんですね」
「当然最前線で参加し、撤退時の殿を務めたらしいよ」
入口へとゆっくり後退しつつ、バルトロのパーティー【叩き潰す者】は獅子奮迅の活躍をしていた。圧倒的な火力でバルトロが敵を薙ぎ払い。全身鎧と盾で敵の侵攻を妨げながら、甲に装着したような刃で敵を切りつけるロメオ。死角や穴を埋めるようにフォローするオラン。メイスで敵を叩き潰しながら、仲間の傷を回復して回るメロ。次々に仲間が倒れる中、正に最後の砦と化していた。
開けた場所へ向かうにつれて、人や魔力の多いところへと魔物は向かっていく。身を寄せあうように戦う【叩き潰す者】を無視して、大多数の街へと向かう魔物達が出てくる。先に撤退した足の速い冒険者が、騎士へと氾濫を伝え、実際に起きてしまった氾濫を前に、対応せざると得なくなった。演習を予定していたため、騎士達の集合、殲滅は迅速に行われ、ギルドの対応が早かったこともあり、大氾濫は中~小規模で収まった。
「まぁ、それでもかなりの冒険者と騎士が死亡したと聞いているよ。当時のギルドマスターが死亡しているし、あの馬鹿国王が、戦争を一度取りやめるぐらいにはね」
「えと、【叩き潰す者】の皆さんは……?」
ふぅと一息をつき、賢者が喉を潤すようにお茶を口に含む。
「迷宮入り口付近で、魔物の死体の山の中から、満身創痍のバルトロが発見された。他のメンバーは見つかっていない。大氾濫時は魔石化しないほど魔物の魔素が固着しているからね。大方それを利用して、バルトロを隠したんだろう」
「それって……、そんなの……」
「あう…うぅ……」
何かを察したかのように、サラとリーゼが声に詰まり瞳を潤ませる。
「その時の功績と、憑りつかれたかのように魔物を狩る様子から、【戦神】と呼ばれ、白金級へと昇格したんだよ。本人からすれば不本意だろうけどね。こんな国の国家指定冒険者をやってるのも、迷宮を潰す権利を条件に引き受けたんだってさ。国は潰せるなんて思ってないから丁度良かったんだろうね」
二人の様子をよそに淡々と語る賢者。ふいにぴたりとお茶を飲む手をとめると、瞳を閉じたまま、曇る空を仰いだ。
「ふむ。どうやら迷宮が餌に食いついたようだ。さて、バルトロ。それに意味があるとは到底思えないけれど、その思いが、少しでも晴れることを祈っているよ」
その表情はどこか、哀愁がただよっているかのように思えた。