迷宮の異変
――プロ―ジョンスライム。別名初見殺しともいわれるモンスターだ。見た目はただのスライムとなんら変わりないものの、色が赤みを帯びているのが特徴であり、動きも緩慢だ。しかし、近くに生物の気配を感じると、緩慢だった動きが嘘のように飛び掛かり、爆発する。ちょっと変わったスライムがいたという認識程度で近づき、死亡する冒険者が絶えない危険なユニークモンスターだ。
「うああああ! 痛い! 熱いいぃ!」
「ちぃっ! くそがっ! なんでこんな浅いところに!」
プロ―ジョンスライムの爆発に、トランスは腕を弾かれるようにしてバランスを崩して転倒した。直撃は免れたものの、その威力の強さに巻き込まれた冒険者が顔を焼かれ、うずくまるようにして叫んでいる。バルトロはすかさず露出したスライムのコアに斧を叩きつけ破壊した。破裂したプロ―ジョンスライムは、放っておくと爆散した身体をコアに集めて復活してしまうからだ。
「おい? 大丈夫か?」
「ぐっ……少し痛めただけだ……問題ない」
「ああああ、いだい……いたい……」
「た、大将……ラッドが、ラッドが……」
スライム狩りをしていた方は無事だったらしく、爆発の余波で顔面を焼かれたラッドと呼ばれた冒険者に歩み寄り、バルトロに助けを求める視線を向けている。スライム狩りをしているのはスラムや平民の子供であり、冒険者成り立ての鉄級冒険者だ。バルトロが治安対策の一部として行っているものであったが、こうしたイレギュラーが起きたことは初めてであった。冒険者……といえど目の前にギルドのマスターがいれば、頼ってしまうのは仕方がないことだろう。
「――っ……」
プロ―ジョンスライムの恐ろしいところは被害が広範囲に及び、その破裂した飛沫が高熱を帯びていることである。ラッドも、トランスが庇ったものの、顔面のみでなく眼球まで痛々しく焼け爛れてしまっている。教会で治療を受ければ皮膚ぐらいは……と思ったものの、視力に関してはバルトロもその被害に唇を噛み押し黙る。その時、視界の端からトランスが身を乗り出した。
「すまない、少し我慢しろ……ヒール」
「わりぃな……、だがラッド……お前の眼――」
「あ、あれ痛みが……眼も……すげぇ……」
「あ、ありがとうございます!」
「なっ!……」
悲壮感が漂う感じで、バルトロが事実を告げようとしたところ、トランスがあっさりと治してしまい閉口する。秘匿するつもりもないのか迷いなく回復魔法を使ったこともそうだが、眼球が潰れたレベルの負傷をあっという間に治してしまうほどだとは露とも思わなかったのである。
「ちっ……、だからあいつは含みある言い方してやがったのか……」
「どうした?」
「なんでもねぇよ。おいっ! 治してもらったことは誰にも言うなよ? ただユニークモンスターが出たことは異常だ。今日は帰れ。帰りがけに他の奴らにも声をかけろ。ギルドにも伝えとけ。俺の名を出していい」
「はっ、はい!」
バルトロは呟くように愚痴を言うが、トランスの声にすぐ我に返り、冒険者に指示を出す。周囲の冒険者は、騒ぎがあったことを遠巻きにしか見ていなかったのと、傷を負ってすぐに伏せてしまったのも幸いして、回復魔法についてはそこまで露見はしていなかったと見なしたのだ。
「改めて助かった。未来ある若者が潰れるのはいたたまれねぇからな」
「気にするな。出来る事をしたまでだ。しかし、こんな危険なモンスターがでるところでスライム狩りを?」
「普段はあんな危険な奴は出ねぇ。出たとしてももっと深層だし、個体数も少ないタイプだ」
冒険者達を帰らせると、また言葉少なに奥を目指していく。道中ユニークモンスターが出たことを伝え、腕に自信のないものは帰るようバルトロが警告をしていく。成り立ての冒険者達はそそくさと帰っていくが、銅級ともなると返事はするものの探索を続けているものが多いようだった。
時々昆虫型の魔物や、こうもりのような魔物が現れるものの、バルトロが斧を一振りするごとに蹴散らしていく。トランスが、魔物が現れる度にびくりと身体を震わせるのをバルトロは横目に見ながら、思案顔で歩を進めて行った。耳元で囁いた賢者の言葉が脳内で反芻する。
『あれはきっと極上の餌になる。きっと連れていけば、釣れるはずだ』