旅立ち
ここ辺境の街ハガイは、大陸の端の端のほうにある。特産らしいものもなく、細々と原住民が暮らしているのみで、外部から人が来ることなどほとんどない。ギルドも名前だけの何でも屋で、冒険者とは名ばかりの、田畑などもてなかったあぶれ者がいるだけだ。したがって、宿屋なども存在せず、ギルドの宿舎を安価に提供しているとバラックより聞いた。さすがにすべての物を街だけで補えるわけもなく、時折くる行商は貴重な物資の補充だ。サラの母親の故郷であるハガイを、少しでも豊かにするために、王都のギルドで勤めていたバラックは、ハガイにギルドを形だけでも立ち上げ、行商がくるように手配したのだそうだ。ギルドがあるだけでも、情報のやり取りや報酬の受け渡しなどで交流が発生する。それを上手く利用したのだった。
まだ営業を開始していないギルドの待合所で、バラックとトランスが話をしている。昼間でも誰かが酒を飲んでいたりと騒がしいものだが、閑散としており、二人の声は良く通った。
「まぁ、ここは幸い薬草の群生地があったからね。さしずめ回復薬などの補充地なのさ。さ、これが王都のギルドマスターへの紹介状だ。ついでで悪いが、強力な魔物が発生したことを伝える手紙も一緒に渡して欲しい」
「魔物のほうは大丈夫なのか?」
「あぁ、トニーに草原や森を確認してもらったが、通常通り弱いゴブリンの発生や、動物ぐらいしかいなかったらしい。最近急激にゴブリンの発生が減っていたのは、あの魔物達が狩っていたんだろう」
特別高い報酬のないハガイのギルドでは、ゴブリンの報酬は高額の部類に入る。発生が少なくなり、銅級にあがりたての冒険者は、金に目がくらみミスを犯してしまった。被害が出たのは残念だが、いつそうなることがあるのかわからないのが冒険者なので、仕方がない。
「あと、これを渡しておこう。あれだけの魔物を倒したんだ、問題ないだろう」
バラックは、トランスの手に、鉄で出来たプレートと、銅で出来たプレートを手渡す。
「すまないな」
「リーゼちゃんに関しては、今までの行いの罪滅ぼしもある。これぐらいしかできなくて申し訳ないけどね」
「十分だ」
バラックと話をしていると、サラとリーゼが手をつないで受付の奥からやってきた。女の子の扱いがよくわからないトランスは、リーゼの日常的な世話はサラに任せていた。そのかいあってか、二人は打ち明けたようで、すっかり姉妹のように連れ添っている。
「お待たせしました」
「ははは、女性の準備は時間がかかるからな。よく似あっているよ。サラ」
「うー!」
最も、リーゼはトランスにつかず離れずであり、見つけると駆け寄って、足元にしがみついた。トランスが頭を撫で、首に鉄のプレートをかけてやると、リーゼから笑顔がこぼれた。サラに目を移すと、ギルド指定の受付服から着替えていた。首に銅のプレートをかけ、胸元の開いた革の衣服を着ており、スカートは膝丈ぐらいしかない。動きやすさを重視するためか、スカートには両脇にスリットまで入っており、健康的な素肌が覗いている。些か露出が多いのではないかと、トランスは思わず凝視してしまっていると、サラが慌てたようにマントで身体を隠した。
「あんまり見られると恥ずかしいです……」
「む、すまない。他意はないのだが、随分軽装だと思ってな」
「それはそれで女としては複雑ですけど……」
「トランス君は魔法使いにあまり会ったことはないのだろうね」
「あぁ、老齢の魔法使いはいたが、だぼだぼのローブを着ていたからな」
「えっとですね。特殊な装備を除いては、大気中の魔素の吸収、変換効率は素肌が触れていたほうが一番いいんですよ」
「うむ、ベテランの魔法使いにもなると、魔力変換のいい生地などを使ったローブを着ていることが多い。駆け出しなどはそんな装備やお金はない以上、サラのような服装になるということだ。高名な魔法使いの中には、ローブの下は裸だったなんて眉唾物の話もあるがね」
なるほどとトランスは納得した。ガチガチの鎧を着た魔法使いを見たことがないのはそうゆうことだったのだろう。防御力を重視する騎士にとって、防御力皆無ともいえる装備は不思議でしょうがなかったのだ。もっとも、バラックの話から、老齢の魔法使いのローブの下を想像してしまい、何とも言えない気分になってしまったが。
「ほらほら、そろそろ行かないと、よろしく頼んだぞ」
「うん、行ってきます!」
「息災でな」
「うー!」
よじよじとリーゼがトランスの背に登り、マントと一体となる。ひょっこりと肩口から顔を出している姿は、親子亀のようだ。三人はバラックに別れを告げ、商人の待つ街の入り口へと向かった。