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亡国の騎士  作者: 黒夢
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ボロボロの騎士

需要はないかもですが、騎士物です。よろしくお願いします。

 世界に魔王なる者が現れ、魔物と呼ばれる配下が、いくつかの国を滅ぼした。どこかの国で勇者が名乗りを上げたと、風の噂が聞かれるようになった。そんな世界の物語。


 ここは辺境にある寂れた街、ハガイ。決して立派とは言えない歪な石造りの家が並んでいる。簡素な布の屋根の露店が立ち並び、住人たちは質素な衣服を纏い日々の生活をしていた。


 そこに、明らかに場違いな鎧を着た人間が歩いている。鎧と言っても表面は薄汚れており、胸元には、どこをどうしたら、金属鎧にそんな傷がつくのかという大きな欠損が見られる。纏ったマントはボロボロであり、フルフェイスの兜から表情は窺いしれない。足取りも重く、住人たちは異様な雰囲気に自然と避け、道が出来ていた。


「ここか……?」


 兜から漏れる声はややくぐもって聞こえるものの、女性の物ではないことがわかる。疲れ切っているのかその声はとてもか細い物だった。ボロボロの鎧の男は、周囲の建物と比べれば幾分かましかという程度の作りの、大きな建物の扉を開けて入っていった。


 年季が入っているであろう木製の扉は、鈍い音を立てて開かれる。とてもその音が原因とは思えないが、ボロボロの鎧の男が入った途端、ギロリと怪訝そうな瞳が集中した。


「なんだあいつ?」

「みねぇ顔だな……」

「顔も何もみえねぇだろうが」

「ちげぇねぇわ」

「なんで騎士様がこんなところに?」


 カウンターのような物が正面に備え付けられ、待合所兼酒場とでも言ったところに、たむろしている男達から遠慮のない視線が投げかけられる。見ていることを隠すつもりもないようで、ぼそぼそと内緒話をするというより、明らかに聞かせている声量から、あんたは誰だという空気がこもっているように聞こえた。騎士様と様付けであるが、その声色は尊敬や畏怖よりも馬鹿にしたように感じる。


 ボロボロの鎧の男は、その視線や投げかけをまるで相手にせず、カウンターに真っ直ぐに向かった。


「こんにちは、冒険者ギルドへようこそ。受付のサラと言います」

「依頼を受けたい」

「えっ! 依頼をしたいでなく?」

「そうだ」


 カウンターで受け答えする女性は、戸惑ったような表情でしげしげとボロボロの鎧の男を見つめる。女性からの騎士に対する様付けに関しては、険があるようには聞こえなかった。騎士事態が冒険者ギルドで依頼を受けるということが基本はないのだろう。鎧姿ではあるがボロボロの姿に戸惑うのも、無理はない話である。


「それに俺はもう騎士ではない」

「し、失礼しました。依頼を受けるには、まず冒険者登録をしていただく必要があります」

「そうか、では登録をお願いしたい」

「で、ではこの書類に記入をお願いします! 字は……書けます? 代筆も可能ですが?」

「ああ、問題ない」


 サラが書類を手渡すと、ボロボロの鎧の男は、感情の無い声で答え、書類を黙々と書き始めた。周囲には好機や奇異の目が向けられているが、男は気にもとめていないようだ。


「えっと、名前はトランスさん。年は25……職業は空欄ですけど?」

「今特に何かをやっているわけではないからな」

「依頼主さんに開示する情報なので、空欄では困りますね」

「では、元騎士でいいか?」

「それだと依頼主さんが萎縮してしまうかもしれないので……、剣士ってことでいいでしょうか?」

「かまわない」

「それじゃぁ、剣士っと……。特技は剣に簡単な魔法ですか。魔法が使えるのはいいですね。ところでどんな魔法が使えます?」

「簡単な魔法だ」

「使えることは告知しておいたほうが、信頼としては有利に働きますよ?」

「簡単な魔法だ」

「う……」


 冒険者というのは色々な人種がくるからか、事情に深く踏み入ってはいけないという暗黙の了解でもあるのだろう。サラは聞きたそうにするものの、トランスの頑なな態度にため息をついて言葉をつづけた。


「わかりました……、それではあと一つ。兜をとって頂けますか? 顔を見せて頂けないと、さすがに登録は出来ません。素顔をわからない方を斡旋できませんので」

「わかった」


 トランスは兜にゆっくりと手をかける。現れた素顔は、真っ黒な頭髪が肩口まで伸び、感情を感じられない漆黒の瞳、歳の割に大人びた顔つきではあるが、頬はやつれており生気を感じられない。サラはまるで幽鬼のようだなと思った。ボロボロの鎧から、もっと強面の男性を予想していたのか、面食らったようである。


「もういいか?」

「えっ、えぇ、大丈夫です。ご協力ありがとうございます」


 トランスは素顔を晒すのがあまり好きではないようで、いそいそと兜を被り直した。淡々とした口調ではあるが、声色には優しさを感じるものであり、顔も特別悪い訳ではない。別に街の中でぐらいは外しておいてもいいのではないかと、サラは人知れず思ったが、自分が言う事ではないかと思い、口をつぐんだ。


「それでは、銅貨3枚の手数料をお願いします」

「あぁ」


 トランスは、腰の小袋から銅貨3枚を受付に渡す。サラは銅貨を受け取ると、手慣れた手付きで帳簿のような物に記入し、鉄で出来た簡素なプレートをトランスに手渡した。


「これが冒険者としての証になりますので、無くさないようにお願いしますね。首にかけておくことをおすすめします。功績により鉄から順に、銅、銀、金、白金と上がっていきます。依頼をこなして行くうちに、ギルドで判断します」

「これだけでいいのか?」


 プレートを受け取ったトランスは、登録というからには、試験やもっと細かな情報を聞かれるかと思っていたらしく、思わずサラに尋ねた。


「はい、皆さん驚かれます。あくまで依頼を受けられるようにするというだけですし、登録する方はたくさんいらっしゃいます。管理する側も大変ですから。そのぶん、依頼を堅実にこなして頂くことが、信頼を得ることにつながりますので、がんばってくださいね。クエストボードに色々な依頼がありますが、まずは常設クエストの薬草採取をして頂くと助かります。常設依頼以外は受付を通してからお願いしますね」

「わかった。感謝する」


 素顔を見たことで少し警戒が解かれたのか、サラの対応は、最初よりも幾分か優しいものに変わっていた。詳しい説明や、注意事項などがあまりにもお粗末な気もするが、すぐにいなくなるかもしれない登録したての冒険者にかける時間など、あまりないのかもしれない。情報ぐらい自分で集めろと言っているようなものだ。


 ボロボロのマントを翻し、トランスは依頼の張り付けてあるボードの前に向かった。乱雑に張り付けられた依頼には、薬草の採取や、魔物の討伐など多種にわたる。おつかいや掃除、子守などもあり、冒険というよりも何でも屋のような印象を受ける。条件は性別だったり、ほぼ全てが鉄から銅級以上であるというぐらいで、その上の依頼はここにはないようだ。


 サラが言っていた常設依頼は、採取場所、サンプルが示してある。いくらあっても困らないのだろう。数に対して額は大したことは無いが、何かのついでにこなしてもいいかもしれないとトランスは思った。


 迷わずトランスは、解毒に使われるキアラ草の依頼を取り、受付に向かった。


「もうお決めになったんですか?」

「あぁ」

「キアラ草の付近に常設依頼のヒアル草も生えているので、出来れば一緒に取ってきてくれると助かります」

「元よりそのつもりだ」

「ありがとうございます! 採取付近に魔物が出たという情報はありませんが、一応気をつけてくださいね? まぁ、出てもゴブリン程度なのでトランスさんなら大丈夫でしょうけど」

「あぁ……?」


 受付で話を終えようとしていると、不意にトランスは、マントを掴む子供がいることに気付く。じっと見上げるように見つめる瞳は、蒼く澄んでいるが、それに対して、姿はみすぼらしいの一言に尽きるほど薄汚れている。髪もボサボサの真っ黒で、服はボロボロ。ただの布切れを纏っているようにしか見えない。


「あっ! こら、また勝手に入ってきて! すいませんトランスさん。その子は孤児みたいで、たまに入って来ちゃうんです。最初は登録したいみたいだったんですけど、喋らないしお金もないみたいで……」


 何とかはしてやりたいのか、サラは聞いてもいないことをトランスに話し出す。ふと子供のマントを掴んでいない手に、草が握られていることに気づいた。


 トランスがしゃがみこみ目線を合わせると、子供は草をトランスに手渡した。よくよく見てみると、ヒアル草のようだ。


 無言でトランスはヒアル草を受け取り、ゆっくりと立ち上がるとサラに手渡した。


「ヒアル草ですね……登録してない以上無理なんですが……」

「俺が登録しているだろう?」

「それなら、いいのかな? 銅貨1枚分ですね」

「感謝する」


 トランスは銅貨1枚を受け取ると、マントを掴む子供の手を優しく解き、銅貨()()をそっと握らせた。


「行ってくる」

「あっ、行ってらっしゃい?」


 トランスは身を翻すと、ギルド出口に足早に向かい出て行く。サラは、その背中を見送り、孤児の子供は、手渡された銅貨をじっと見つめていた。

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