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適者生存 (2017a)

作者: 長矢 定

 東日本大震災の後、現地からのニュースとして、殺処分の決定を嘆く酪農家のインタビューを見ました。涙を堪え、我が子のように育ててきたのにと悔しがります。

 同情すべき状況なのですが、私は違和感を覚えました。

 肉牛を我が子のように思うとは……


 手間暇をかけて大切に育ててきたことの比喩なのでしょうが、食用の牛ですからね。結局、最後は殺して食べることになります。我が子にそんな仕打ちをする親はいないでしょう。そんなことばかり考え、ニュースが頭に入らなくなりました。

 普段、何気に食べていますが、生産者の御苦労に感謝しないといけませんね。もっとも高価な和牛など、口にはできませんが……


『適者生存』の話を思いついた時は、もっと悲惨なイメージがあったのですが、物語りとして作り上げる段階で、あちこちの角が取れ、ずいぶんと円くなりました。その分、メインテーマが薄れた感じですが、それが力量不足ということでしょうね。

 趣味、気まぐれな発想、現実逃避によって仕上がったお話ですから……


●登場人物

■ロドー(29)期限間際。9人の子の父

◇リーサ(15)養育施設を出たばかりの少女

◇ルミカ(27)不妊に悩む女性

□ジェスタ(29)ロドーの幼馴染み


    プロローグ

   

 事前検診に問題はなかった。いつもと変わらぬ体調だ。

 三十歳間際の男、ロドーは、これをあと何回繰り返すのかと考えたが、直ぐに放棄した。残りを数えながら過ごすのは、やめようと思う。

 血液採取室に向かいカウチに寝そべる。採血機に腕を入れるとチクリとした。いつもと同じように採血が始まる。二週間に一度、規定量たっぷりの血を抜く。これが、この社会に暮らす男の役目、義務だったが、その血をどこで何に使うのかは知らなかった。

 ただ、時に血の気が多くなる男たちを宥め、平和な社会を築くための手段だという話は、それなりの説得力があった。この隔離された広い密閉空間に住む人々は、日々を穏やかに暮らしている。争い事などとは無縁だ。

 採血を終え、休息室で体を休めていると、十代半ばの女性が目の前に立った。

「リーサです」と名乗る。

 まだ幼さの残る顔、ほっそりとした体付き。ロドーは頷き、椅子を立った。目眩がして少しふらつく。

 血が不足しているのが原因だろうが、最後となる相手が社会に出たばかりの若さで、手間の掛かりそうな雰囲気に滅入っていた……




    一

   

 ロドーは、割り当てられた部屋のドアを開けた。

 広めのワンルーム。大きなベッドと、ゆったりとしたソファーセットが目に付く。

 黙ってついてきたリーサが、物の少ない清潔な部屋の中に入った。表情をなくした顔、暗い気分なのだろう。半年程度、二人はここで一緒に暮らすことになる。

 ロドーは、リーサをソファーに座らせ飲み物を用意した。テーブルに置き、彼女の対面に座る。

「気乗りしないようだね」

 そう問われ、リーサは首を横に振った。

「そうじゃないの。戸惑っているの……」と型通りの返答をする。

 十分に成長すると養育施設を追い出され、大人の社会に加わる。管理者が取り決めた男女が一緒に暮らし、子づくりに励むことになる。それを拒絶することもできるが、それは反社会的行為となってしまう。大多数の男女は、この社会の実情を理解し受け入れていた。

 初体験となる彼女も、納得して受け入れたはずだ。しかし、本心は複雑だろう。管理者が取り決めた男性と暮らして子を産む。戸惑うのも当然だ。

 いや、好みとは大きく異なる引退間際の男が相手となり、幻滅しているのかもしれない。気の毒だが、こればかりはどうしようもない。

「戸惑うのはわかるが……。気乗りしないのなら、はっきりそう言うべきだな」

 リーサは視線を落としたまま黙っていた。

「嫌なら嫌で、しょうがない……」

 と彼女の顔色を窺う。何だか御機嫌を取っているような自身の振る舞いにロドーは顔を顰めた。

 しばらくしてリーサが顔を上げ、口を開く。

「嫌というわけじゃありません。子孫を残さないと人類は滅んでしまいます。それは理解していますが……」

 理解し覚悟を決めたとしても気後れする。それは仕方ないだろうとロドーは頷いた。慌てて事を進めてはダメだ。やはり、最初が肝心だ。

 ロドーは大きく息を吐いた。

「義務感に押し潰されてもいけないな。まあ、焦ることはないから、のんびりいこう」と笑みをつくる。

 その対応にリーサは肩を揺らし、ぎこちなく微笑んだ。少し体の力が抜けたようだ。

 ロドーは、ゆっくりとした動作でテーブルのカップに手を伸ばし、口へと運ぶ。リーサもそれを真似るように飲み物を口にした。

「赤ちゃんは大好きよ、可愛いわ。これまでにお世話をしてきて、自分も産みたいという気持ちはあるの」

 ロドーは小さく頷き、もう一口カップの飲み物を口にする。

「でも、実際にこうなると、あれこれ考えちゃって体が縮こまってしまうわ」

「あれこれ考えるって、どんなことを考えるのかな?」

 とロドーは話を振った。会話を続けていこうと思う。

 リーサは小声で唸ってから、それに答えた。

「たとえば、三十歳の期限までに何人の子を産むことになるのかしら。子を産んでも授乳期を過ぎたら別れることになるわ。一緒に暮らすことができないのは寂しい気がする……」

「産んだ子と一緒に暮らしたいのか」

「昔の人は一緒に暮らして子育てしたそうよ。我が子の成長を日々感じることができるのは幸せなことだと言うわ」

 それは過去の記録資料から得た知識だ。養育施設の中で女子が集まり、そうした話しをするのが習慣として続いている。

「今は、事情が厳しいからね。そうしたことも贅沢になる」

「そうね。でも、そうした幸せを感じたいわ。せめて最初の子とは、長く一緒に暮らしたい……」

 少女の頃は、そうした望みを持つのだろう。しかし、それを叶えると第二子の出産が遅れることになる。

「気持ちはわかるが、社会の一員としてルールを守り、義務を果たさないといけないからね。希望通りにはいかない」

 諭すような言葉に、リーサが小さく頷く。

「ええ、わかっているわ。人類の存続、社会の安定が第一だから……」

 彼女も、大人の社会の理不尽さに不満があるのだろう。しかし、それも若いうちだけだ。大半の人は次第に馴染み、受け入れ、気にならなくなる。

「まあ、義務は義務として取り組まないといけないが、変に気負っても仕方ないからね。成るようにしか成らない……」

 と微笑むロドーだったが、心の内では自身に幻滅していた。もう少し気の利いた言い方はできないのか。やはり面倒、手間が掛かる。

 彼のその表情は、苦笑いだった。




    二

   

 リーサは部屋の中に籠もるタイプのようだ。端末装置に向かって勉強なのか調べものなのか、飽きることなく続けている。

 一方ロドーは、意味なくブラブラと出歩くタイプだった。部屋の中でじっとしているのが苦手だ。だからといって、彼女を部屋に残して一人出歩くことは何となく気が咎める。失礼だ。そこで彼女を説き伏せ、一緒に散歩に出ることにした。

 幾つもの建造物が連なる複合施設には便利な交通網が整備されているが、それは利用せずに連絡通路を徒歩で行く。

 今回の目的地をここで一番大きなドーム公園にした。昔の自然を模した草木や花が広がり、天井も高いので、のびのびできる。太陽光照明の下、肌を露出して人工芝に寝転び日光浴を楽しむペアも多いが、無理やり連れ出された格好のリーサは、不機嫌なのか木陰から出ようとしなかった。

 しばらくすると、遊歩道を歩いていた一人の女性が近付いてきた。見覚えのある顔だ。

「こんにちは、お邪魔していいかしら……」

「ルミカ、どうしたんだ? 一人なのか」

 微笑む女性が頷いた。

 ここの住人の所在は管理者が把握している。誰がどこで何をしているのか、それを管理する完全な監視社会であったが、ここで生まれ育った人々がそれを嫌悪拒絶することはない。当たり前のこととして受け入れ、会いたい人を探す時など気軽に問い合わせて利用していた。

「ええ、一人よ。ごめんなさいね」と若いリーサを見て謝る。

「私、以前のパートナーなの。彼と少し話しがしたくて押し掛けちゃった」と笑い、木陰の芝に腰を下ろした。

「彼、期限間際でしょ。先送りしちゃうと話しをする機会を失ってしまうような気がしたの」

 その言い分にリーサは戸惑いながら頷く。それは時折耳にする話だった。年齢期限が間際の人とは、思いついた時に用件を済ませておくべきだ。それを怠ると後で悔やむことになる。

「私、どこかに行きましょうか」

 リーサに言われたルミカは首を素早く横に振った。

「気を遣わないで、直ぐ済むから。それに、こういう話があることも知ってたほうがいいかもしれないわ」

 その言い回しにリーサはぎこちなく頷いた。居心地悪そうに体を揺らす。

「どうしたんだ? 何かあったのか」

 ロドーが痺れを切らしたように尋ねた。ルミカが微笑みそれに答えた。

「ダメなのよ……。あなたの子供を産んでから、その後がないの。三人の男性と取り組んだのだけど、妊娠しなかったわ。私が産んだ子は、まだ、あなたの子だけなの」

 以前から不妊に悩んでいたことを聞いていた。ロドーと組んだ時に初めて妊娠し、彼女は喜び、それを打ち明けた。

「近々、次の男性と取り組むことになるの。それで、何かアドバイスがあったら聞いておこうと思ったの。教えてくれないかしら……」

 ロドーは驚き、チラリとリーサの顔を見た。戸惑いの表情をしている。

「アドバイスなんて特にないよ。普通に付き合っただけだからね」

「そうなの……。でも、子供ができたのは、あなただけなのよ」

「そう言われても困るな……。それに、他の男性と対応が違うのなら、それがわかるのは君の方だと思うね。私にはわからない」

 その言い分にルミカが顔を顰めた。

「それがわからないから聞いたのよ。困ったわ、また子供ができないかもしれない……」

 ロドーも困り顔をする。どう答えてよいのかわからなかった。

「そこまでして子供を産みたがるのは、義務だから……?」とリーサが声にした。

 驚いた。戸惑っているように見えた彼女が、ここで口を挟むとは。頭に浮かんだことをそのまま口にする性分なのかな、とロドーは思う。

「義務というより、生きた証しを残したいのよ」とルミカが答える。

「でも、一人子供がいるのでしょ?」

「そうね。でも、できれば何人か子を残したいわ」

「それは社会に対する義務感から?」

 ルミカが眉を顰める。

「そればかりじゃないわ。何人か子を産めば、それだけ証しが増えるでしょ」

 リーサは、その答えに思案する。ロドーには何が引っ掛かっているのか彼女の心が読めなかった。

「私は、もう二七歳なの。先が見えて焦るのよ。若いあなたには、まだわからないでしょうね」

 そう言われ、リーサの思案顔が険しくなった。

「ごめんなさい。やっぱり、お邪魔だったようね。もう行くわ。もし、何か気になることがあったら連絡してね」

 ルミカは微笑みをロドーに投げ、立ち上がった。リーサにもう一度、ごめんなさいと謝ってから遊歩道に向かって歩き出す。

「子供を産むのが嫌なのか」

 ルミカの後ろ姿を目で追っていたロドーは、リーサに顔を向け、尋ねた。

「よくわからないけど、そうじゃないと思う……」と彼女が答える。

 ロドーは、自分が養育施設を出た時の記憶を探った。精神的には、まだ子供だった。大人の社会に出れたことを単純に喜び、はしゃいでいたように思う。それと比較すると、リーサは大人だ。様々なことに疑問を抱き、迷っているのだろう。

 彼女には時間が必要だ。自分との付き合いがその準備期間になれば、それでいいのかもしれない。ロドーは幼顔のリーサを見て、そう思った。




    三

   

「ルミカが言っていたように、期限間際の人物とは思い立った時に会っておくべきだと、私も思う……」

 ロドーは先を歩き、背後からついてくるリーサにそう言った。

「その男、ジェスタは私の幼馴染みなんだ。養育施設で物心が付く前から一緒だったんだが、彼も不妊に悩んでいてね。結局、子を得ることはできなかった。ジェスタは、私より早く生まれているので期限が迫っているんだ」

「その人と会って、何をするの……」と不安げに尋ねる。

「心配することはないよ。ジェスタは博識なんだ。五年前には完全に子づくりを諦め、ひたすらに知識を吸収することに打ち込んできた。君が抱える疑問に、私は答えることができないからね。でもジェスタなら、違った見識を話してくれるだろう。きっと参考になると思う」

 その話を聞き、リーサは興味を抱いた。

 ここの住人は養育期に教育を受けるが、それは暮らしていくのに不自由がない程度の一般常識に止まっている。社会の体制やこれまでの経緯などは、詳しく教えてもらえない。隠蔽しているわけではないが、そうした疑問を解き明かすには長い時間を掛けて地道に調べていかなくてはならない。大抵は、そうした手間を嫌い、早い時期に放棄する。ロドーも、典型的なその一人だった。

「私のために、その人に会いに行くの?」

 そう問われ、ロドーは思案顔になった。もう一度、自身の心に問い掛けてみる。

「半分は口実だな。彼とは長い付き合いだからね、会える時に会っておきたい、それが本音かな」

「親友なのね」

「ああ、そうだね。別れが辛いよ。この年齢になると、年上の身近な人がどんどん逝くことになる。それを承知し覚悟をしていたけど、やはり寂しい。しかし、それももう少しの辛抱だ。私の番が回ってくるからね」

「最後となる相手が私のような未熟な女で、残念に思ってる?」

 ロドーは足を止め、目を見開いてリーサの顔を見た。声を荒げる。

「何を言っているんだ。そんなことはないよ」

 リーサは、ロドーの態度に対して過敏に反応した。この社会に生まれた彼女も、怒られた経験など殆どない。

「ごめんなさい、怒らないで。悪気はないの……」

 ハッとしたロドーは、慌てて表情を緩めた。肩を揺らして息を吐く。

「いや、怒ってるわけじゃないよ。それどころか最後の一時を若い女性と暮らせるのだから、感謝すべきだと思っている……」

 それに続く言葉が出てこない。厄介だ、と思う。

「とにかく、行こう……」

 ロドーはそれだけ言って再び歩き始める。少し距離を取ってリーサが後を追った。

 ジェスタはフリースペースにある一台の端末装置を専有していた。普段接することのない若い女性の来訪を歓迎する。

「頑張ってるな。若い彼女が身籠ったら何人目になるんだ?」笑顔のジェスタがロドーに尋ねる。

「切りよく、十人目になるよ」

「十人! それは素晴らしい。私は役に立てなかったからね。君が頑張ってくれて嬉しいよ」

「別に頑張ったわけじゃない。それより粘っているようだね。最後の最後まで端末にしがみつく気なのか」

「それしかやることがないからね。気が紛れる……」

「気が紛れる、か……」

 ロドーは、彼が使っている端末の表示に目をやった。読むことのできない文字が画面いっぱいに並んでいる。リーサもそれを興味深げに眺めていた。

「厄介なのは、数多くの言語で書かれた様々な資料が無作為に存在するということだよ。単純な翻訳では正しい意味が理解できない。その言語圏の常識や風習を知らないと間違った意味になり辻褄が合わなくなってしまう。だから、まず、そのあたりの理解から始めることになる……」

「管理者がそうした作業をしないのは、なぜかしら?」とリーサが口を挟んだ。

「関心がないからだろう。管理者は、過去のことより先のことを気にしている。この小さな社会を永続させることが重要なんだ」とジェスタが答えた。

「そうね。きっと過去の世界は間違いだらけなんだわ。参考にはならない。切り離して、正しい社会を構築することが大切なのね」とリーサが頷く。

 若い女性のその言葉に、ジェスタは驚いていた。

「そうだね。ところで、これまでの経緯はどのように理解しているのかな?」

「この社会の成り立ちのこと?」

「ああ、ここがどうして出来て、なぜ私達がここで暮らしているのか」

 リーサは一つ頷いてから、その問い掛けに答えた。

「人類の歴史は戦争の繰り返しだわ。絶え間無く続けているうちに争いは大きくなっていく。そして結果的に、地球を住めない星にして自滅する……」

 ジェスタは何度か頷いて聞いていた。リーサが話を続ける。

「それに気付いた異星人が寸前のところで手を差し伸べ、密閉された施設を造り、生き残った僅かな人間を収容した。そして異星人の指導により戦争のない平和な社会を築いた……。お二人の認識と違うの?」

 それにはロドーが答える。

「いや、同じだよ。私たちが受けた教育と変わりない。でも、ここが地球なのか、まったく別の星なのかは意見が別れているね。その点について、何かわかったのかな」とジェスタを見る。

 これだけ広大な施設を造るには手間が掛かる。異星人にとって遠く離れた地球に建設するのは大変だろう。もっと都合のよい場所に造り、生き残った人間だけを運ぶ方が手間が省けるのではないか。重力環境の似た星ならば、ここで生まれ育った人間には違いがわからないだろう。ただ、母星に異なる星の生物を住まわせるだろうか? ならば母星に近い星、あるいは人工重力が実現していて宇宙空間に造られた施設なのかもしれない……

 幼馴染みは首を横に振った。

「はっきりしない。そうした記録は残っていないからね。ここにあるのは、戦禍を逃れた断片的な過去の資料だ。破滅的な状況や、その後の経緯などはわからないし、管理者も答えようとしない」

「悲惨な出来事などは詳らかにしないほうがいいと思っているのかしら」とリーサが尋ねる。

「そうかもしれないね。それよりも先を見据えて人類存続のために動くことが大切だと思う」

「そうね……」

 リーサは、半ば諦めたような顔をした。

「しかし、窓の一つもない施設を造ることが解せないね」とロドーが以前からの不満を口にした。

「たとえ破壊された地球であっても、景色を眺めることぐらいできてもいいと思うが……」

「異星人は、そうした情緒に欠けるのだろう。感傷に浸っても仕方ない」

「余程、酷いのかな……」ロドーはその点を気にした。

「わからない。今の地球を知る術がないからね」

「異星人に関する資料はないのですか。どんな姿をしているのかしら?」とリーサ。

「それもないね。どこから来て、何を考え、どんな姿をしているのか? さっぱりわからない」

「残念ね……。いろいろ聞いてみたいわ。私たちと接する管理者はコンピューターだと思うけど、話したことを異星人に伝えてくれているのかしら?」

「どうだろう……。伝えていないのか、伝えても方針を変える気がないのか……」

「でも、絶滅の危機から救ってくれたんだ。不平を言うより感謝すべきだね」とロドーが決まり文句を言う。

 リーサが渋々頷いた。

「結局、わからないことばかりね」

「今は、そうした時期じゃないのだろう。まず人数を増やし平和で安定した社会を築く。本当の意味で再建に取り掛かるのは、それからだと思う」

「そうね。でも、それはいつになるのかしら……」

 リーサのその問い掛けに、二人の男は沈黙した。大きな変化、新しい時代を期待しているが、それは今ではないようだ。

「三十歳という期限は、短すぎると思うわ……」しばらくしてリーサが言う。

 ロドーが低く唸る。それについては、とっくに受け入れている。直前になってジタバタすることではない。

 ジェスタが重そうに口を開いた。

「個体の長寿より、人類の延命を優先しているのだろう。世代交代を小刻みに繰り返すほうが平和な社会を維持できる。自滅を避ける秘訣だよ」

「それを異星人が決めることは正しいの?」

「人類は過ちを冒し、自滅に陥った。自力では無理なんだ。異質な知性による判断のほうが正しい……」

 そう答えたジェスタは、険しい表情をしていた。

   

 ジェスタと別れてもリーサは思案を続けていた。

 部屋に帰って端末に向かい、何やら熱心に調べている。その夜、それまでソファーで寝ていたリーサが、ロドーが眠るベッドに潜り込んできた。何か結論を出したのか、あるいは先行きに不安を抱き辛くなったのか……。とにかく、踏ん切りをつけたようだ。

 ロドーは若い体を優しく抱く。彼女は身を委ね、初めての夜を迎えた。




    四

   

 深夜。

 たむろしていた人達がいなくなった静かなフリースペースで、ロドーはジェスタと向かい合って座った。

「若い彼女との仲は順調なのか」とジェスタが尋ねる。

「ああ、君と話して割り切ることができたようだ。この隔離された場所で生きるという現実を直視したのだろう。子づくりにも、前向きに取り組んでいるよ」

「現実を直視した、か。まあ、それはそれで良かったのだろう。そうなると十人目は確実だな」

「十人目か……。でも、実感がないな。妊娠がわかると直ぐに妊婦の施設に移り、引き裂かれるからね。出産の知らせもないし、自分の子と会う機会もない」

「実感がない……。それはそれで悲しいものがあるな」

「子供をつくれば、それでいいのだろう。変な育て方をして精神が捩れては困る。割り切った考えだ」とロドーが持論を言う。

「従順、素直な子か……。自分たちもそういう環境で生まれ育ったからね。そういうやり方が正しいのか、間違っているのか判断がつかない。昔はどんなふうに子育てをしていたのだろうか」

「資料にないのか」

「あっても断片的だよ。全体や細部まで知ることは難しい……」

 ロドーが小さく頷く。それを見たジェスタは話を続ける。

「でも、自分たちがそうだったように、君の子どもも養育施設ですくすくと育っているはずだ。両親の顔を知らなくても特に支障はない」

「そうだな。任せておけば子供は立派に成長する。人類存続に心配はない」

 とロドーは寂しそうな顔をした。何人も子どもがいるのに、結局最後は自分独りだ。その点は、子どもがいないジェスタと変わりない。

「絶滅は避けなくてはいけない。それが最優先だ」

 そう言ってジェスタは小さな溜め息をついた。

「私は、その目的に貢献できなかった。それが残念だよ。でも、こうして年齢期限まで生き延びることができたんだ、これにも感謝しないといけないな」

 ロドーはその言い分に頷いた。子供ができなかったことは、この社会において辛く悲しいことだ。ジェスタはそれに耐えて生きてきたのだ。

「君の相手の女性も言っていたが、三十歳は短いと思うか?」とジェスタが尋ねる。

 ロドーは眉を歪め、低く唸った。

「短くもあり、長くもある。人によって違うだろう」

 その答えにジェスタが笑った。

「君らしい回答だな」

「そういうことは深く考えないようにしているよ。ジェスタ、君はどう思うんだ?」

「そうだな……。単純に年月で考えてはいけないのだろう。要は、中身だよ」

「中身か……。それを言われると心が痛くなるよ」とロドーは苦笑いをする。

「いや、中身が充実していたか、価値があったかという意味もあるが、今言いたいのはそっちじゃないよ。昔の人は、生きるために働かなくてはならなかった。人生の大半を働いて過ごしていたんだ。それを考えると我々は恵まれていると思うよ。生まれてから此の方、働く必要がなかったからね……」

 ジェスタのその話に、ロドーは頷いた。

 この社会では働く必要はない。施設の掃除や壊れた物の修理などの身の回りのことは、管理者配下の無数のマイクロマシンやナノマシンが人知れず作業を行っている。食事もきちんと用意される。そこに人間の出番はない。働かなくても生きていける。

「昔の人と比べると、この社会の人たちは全ての時間を自分の自由にできる。それは大きな違いだ。三十年が短いとは思えないよ」

 その結論を聞き、ロドーはもう一度頷いた。なるほどと思う。

「十分だよ……」

 そう付け加えたジェスタの表情は、どこか虚ろだった。そう考えて、自身を納得させているのだ。平静を装っているが誰もが思っている、もっと長く生きたい、と。

 チラリと時間を見た。既に日付が変わっている。ジェスタの誕生日。期限の日になっていた。

   

 小さなステージと、それに面した雛檀。しかし、見送りの席に座るのはロドーだけだった。

 雛壇いっぱいに見送りの人が集まることなど滅多にないだろう。その時までに会いたい人に会い、別れを済ましておく。最期は静かに逝きたいと願う人が多い。

 その時、一人の若い女性が入ってきた。ロドーが驚く。リーサだった。

 彼女はロドーの側に来た。

「私も、いいかしら……」

 ダメだという理由はない。ロドーが小さく頷くと、リーサは隣の席に座った。

「見送りは、初めてだろう?」

「ええ」と頷く。

 何か思うところがあるようだ。ロドーは口を閉じ、それ以上尋ねることはしなかった。静かな時間が過ぎていく。

 何の合図もなかったが、ステージの端からジェスタが現れた。床の中央にある円形に象られた部分まで歩き、雛壇を向いて立つ。リーサの姿を認め、ピクリと頬を揺らした。

 ここで長々と別れの挨拶をする人もいるが、ジェスタは小さく頷き、さようならと一言口にした。真正面に顔を向け目を閉じる……

 ガチャリと音がした。

 足元の円形部分が開き、ジェスタの体がシューターへと落ちる。

 あっけない最期。

 シューターの先には強力な焼却設備があり、瞬間的に落ちてきた人体を灰にするという。

 ジェスタは三十年の人生を終えた。

 間もなく、その後をロドーが追うことになる。




    五

   

「そろそろ出掛けようか」

 ロドーが声を掛けると端末に向かっていたリーサが返事をした。作業に区切りをつけ、鏡の前まで行き身なりを整える。

 彼女との暮らしも三カ月が過ぎていた。

 大人の社会の厳しさを肌で感じ取り、随分と素直になっていた。この社会で生きていくしかない、と腹を括ったのだと思う。子づくりにも積極的に取り組んでいた。

 ただ、部屋から出たがらないのは変わっていない。ロドーは説得を重ね、午後から運動を兼ねた散歩に出掛けることを習慣にしていた。当初は消極的だったリーサも次第に馴染み、会話をしながらの散歩を楽しんでいる様子だ。

 特に目的地やコースを決めることなくブラブラと歩くが、ドームの公園にはよく立ち寄って長閑に時間を過ごすことが多い。彼女は太陽光照明を嫌っていたが、最近になって木陰から出るようになっていた。

「熱心だね。今は、どんなところを読んでいるのかな?」

 ロドーは部屋を出て、リーサに尋ねた。彼女はこのところ、ジェスタが残した資料を読んでいる。

「どんなって、いろいろよ」

 リーサはロドーと並んで歩き、そう答えた。

「いろいろ…か」

「元々の資料が散発的なのよ。まとまりがないの。異星人は、その資料をどうやって入手したのかしら。戦争で破壊されたコンピューターのメモリーを部分的に復元したような散らかり具合なの」

 ロドーは眉間に皺を寄せて低く唸った。一つ頷く。

 二人は近くの憩いの広場に出た。座り心地の良いカウチがゆったりと配置され、落ち着いた色合いの植物が並ぶ。これも人工の構造物であり、枯れることはない。

 寛ぐ人たちの間を抜けて、隣の施設に繋がる幅広の長い連絡通路に入った。こうした通路はそれぞれが特徴を持っている。そこは並木道になっており、遠くに雪を頂いた高い山並みが見えていた。時期や時間帯によって風景が変化する。

「過去の資料は、いろいろな言語で書かれているとジェスタが言ってたけど……」

「そうね、沢山の言語が使われているわ。どうしてあんなに沢山あるのかしら? 本当に、全部の言語が使われていたのかしら? あんなにあるとコミュニケーションを取るのが大変だわ。意思の疎通が上手くできないから争いが始まるのね、きっと」

「戦争の原因は、数多くの言語があって意思の疎通ができなかったからだというのか」

「そんな気がするわ。なぜ、一つの言語に統一しなかったのかしら?」

 ロドーは肩を竦めて見せた。

「さあ、わからないね。そのあたりから調べてみればいいんじゃないか」

 リーサは、ジェスタのように過去の資料の調査研究をしてみたいと口にしていた。

 彼女は目を丸くしてロドーを見た。首を横に振る。

「テーマが大きすぎるわ。途中で挫折してしまいそう。もっと小さくて具体的なことから手を付けたいわね」

「小さくて具体的なことか……」

 ロドーはその難題に答えることができない。口を閉じ、しばらく歩みを進めた。

 緩やかに湾曲する遊歩道からは、ガラス越しに波が打ち寄せる大きなプールを見下ろせた。何人かが水浴びをしている。浜辺で全裸になり、日焼けをしている人もいた。

「テーマとは関係ないけど、昔の運動は散歩よりゲームの方が主流だったみたいね」とリーサが会話を再開した。

「ゲーム?」

「体を使うゲームよ。これも、沢山の種類があったようね。ジェスタが残してくれた資料に幾つかの記述があったわ。二つのチームに別れて戦うの」

「戦う? 何だか物騒だな」

「そうね。二人で殴り合いをするゲームもあったみたい。やっぱり野蛮ね。戦争を始めて自滅するのも当然だわ」

「自滅か……。だとすると、異星人の判断は間違っていなかった、ということになるね。穏やかで平和な社会を築くには、野蛮な過去と決別しないといけない。その考えから、ここを作った」

「そうね。戦争を繰り返していた時代のことを思うと、ここの暮らしは一つの理想になるのでしょうね」

「不平、不満など言うべきじゃないな……」

「あら、それは違うでしょ。もっと良い社会にするために、不満があったら言うべきよ」

 それを聞き、ロドーは短く唸った。

「戦争がない、平和に暮らせるだけじゃダメなのか」と敢えて尋ねる。

「ここの暮らしは退屈だ、と言う人がいるわ」

「退屈か……。君も、そう思うのか」

「どうかしら……。退屈が悪いとは思わないけど……」

「平和な社会は退屈だ、ということかな。昔の人は退屈凌ぎにゲームをして、退屈凌ぎに戦争をしていたんだな、きっと」

「そんな……」

「平和に暮らすということは、退屈な暮らしをすることになる。退屈、大いに結構だ」

 リーサは黙ったまま、それを考えていた。

「私たち、何のために生きているのかしら?」と、そこに行き着いた。

「子を残すため、だよ」とロドーが断言する。

「そうだけど、それだけなの?」

 ロドーが唸った。さっきより長い。

「他に何があるんだ?」と返す。

「ジェスタのような人は?」

「個々の話じゃないよ。人類という種族全体として子孫を残し、繋いでいく……」

「他には、ないの?」

「何か、意義のあることを求めているのか」

 リーサは、その問い掛けの答えをしばらく考えた。

「子を産むことの大切さは理解しているけど、何だか虚しく感じるの。変かしら?」

 ロドーは眉間に皺を寄せ、歩みを止めることなくリーサの顔を見た。

「そういうことを言う人は、少なくない。子を産むこと以外に、何か価値あることに取り組みたい。皆、そんなことを考える……」

「あなたも考えたの?」

 ロドーが小さな溜め息をついた。

「若い頃に、考えたよ。でも、早い時期にそうした考えは放棄した。素直に、子づくりに専念することにしたんだ」

 リーサは黙っていた。彼女をチラリと見たロドーは、困惑している様子に気付く。リーサも子づくり以外に何かを求め、探しているのだろう。それを見つけることは大変だと思う。見つけても、大抵は自己満足に終わる。

「余計なことは考えず、子を産むことに専念した方がいいのかしら?」

「社会貢献にはなるが、それで満足できないのなら、別の何かを探して取り組むのもいいと思う……」

 ロドーの言葉は歯切れが悪かった。そうしても、虚しく感じるのは同じだと思う。結局は上手くいかなかったり、自己満足に終わる。

「何か見つかりそうなのか」と尋ねた。

 ジェスタが残した資料を読んでいるのも、取り組む何かを探しているのだ。

 リーサは無言のまま首を横に振った。

「難しいな、簡単には見つからない……」とロドーが呟くやくように言う。

 適切なアドバイスなど自分には無理だ、とロドーは諦めの境地にいた。ただ、何か意義あることを求め、もがいていると、人生を棒に振ってしまうかもしれない。それを言うべきか迷った。しかし、まだ若いリーサが悩むのは当然のことだ。今しばらく、もがくのも無駄ではないと思い、口を噤んだ。

 二人は沈黙し、さ迷うように広い施設の中を歩いていった。




    六

   

「一人なの? バカ騒ぎをしているんじゃないかと思ってたわ」

 背後からの声にロドーは振り向いた。

「ルミカ……。そんな気分じゃないよ。静かに、ひっそりと逝きたいね」と微かな笑みを見せる。

 翌日がロドーの誕生日、期限の日だった。

「そうなの、意外だわ。じゃ、私が来ても邪魔なだけかしら」

 ロドーは唇を曲げ、肩を竦める。

「バカ騒ぎをするつもりはないが、寂しいのは事実だよ。話し相手がいると気が紛れる」

 ルミカがニコリと笑う。

「そう、よかった。朝まで付き合うつもりで来たのよ」

 と言ってロドーの横に座った。

「朝まで? 四人目と子づくりの最中じゃないのか」

 その指摘にルミカはクシャリと顔を顰める。

「やめたわ、ダメになったの」

「ダメ? どういうことなんだ?」

「相性が悪いのよ、気乗りしないわ」

「気乗りしないか……。もしかして、私の後の四人とは、全てそれなのか」

 ルミカは視線を上に向け、何度か小さく頷いた。

「私と出会う前の男性とは?」

「そういうケースが多いわね」と平然と答える。

「驚いたな、知らなかったよ。じゃ、私とは何で上手くいったんだ?」

「わからないわ。相性って、そういうものでしょ」

 ロドーは眉を歪めた。ドーム公園で尋ねたかったのは、この手の話だったのだろう。若いリーサがいたから遠慮したのだ。

「難しい女性だったんだね」

「そうかしら。好き嫌いがはっきりしているのよ。無理やり押し付けられた相手じゃ、嫌なの。ある意味、当然でしょ」

 ロドーは目を細め、その言い分を吟味した。自分を含め大半の人は、相手を拒絶することはない。無礼に当たる。それは強い義務感があるからだ。ただ、少数派ではあるが、この社会に馴染めない人もいる。不適合者の烙印を押され、引き籠もることが多いようだ。きっと彼らには、それぞれが望む社会があるのだろう。それがどういったものなのか、ロドーは詳しいことを知らなかった。

「好きな相手の子が欲しいのか」とルミカに尋ねる。

「そうね。相性の良い男性の子の方が望ましいでしょ」と笑う。

 ロドーも笑みを返した。突然、心が弾んだ。彼女は、ただ一人だけロドーの子を産んでいた。

「ところで、この間の若い娘とはどうなったの? 上手くいった?」

 ロドーは笑顔のまま頷いた。

「もちろん。妊娠したよ」

 妊娠がわかると、その日のうちに女性は部屋を出て、妊婦専用施設へ移る。男はその時点で用済み。二人で暮らしていた部屋から追い出され、お腹の子の生育が順調なのか、いつ産まれるのか、いつ産まれたのか、男性側にそうした知らせが届くことはない。薄情だと思うが、どうしようもなかった。

「よかったわね。何人目なの?」

「十人目だよ」

「十人!」ルミカは驚きの顔を見せた。

「凄いわ……」彼女は、関心したような顔になった。

「指示通りに動いただけだよ。従順なんだ。面白みのない男だよ」とロドーは事実を告げる。

 ルミカが首を横に振る。

「そうじゃないわ。社会に貢献したのよ。子を残さないと人類は滅びるわ。私も、もっと素直に生きられたら良かったと思っているの」

 ロドーは口を閉じたまま静かに頷いた。

「あと二年ちょっとで私にも期限が来るわ。できれば、相性の良い人と出会って、もう一人ぐらい子を産みたいのよ……」

 ロドーはもう一度頷き、ルミカの横顔を眺めた。彼女には彼女の悩みがある。助力を求めて来たのだろうか? そうだとしても遅すぎる。

「ねえ、三十年の人生、どうだった?」ルミカは話題を変えようと、それを尋ねた。

 ロドーは困り顔を見せてから口を開く。

「それ程、悪くはなかった……」

 知識として持っている過去の様子は、悲惨な状況のものばかりだった。戦禍に巻き込まれた昔の人達と比べると、この社会の人々は恵まれている。そう感じた。

「もっと別の人生を生きてみたいと思わない?」

「別の人生? どんな人生があるんだ? 想像できないね」

 ルミカは口を開けたが言葉が出てこなかった。期待していた答えとは違ったのだろう。

「君は別の人生を望んでいるのか」とロドーが尋ねる。

「そうね……。今の暮らしは詰まらないわ」

「詰まらない……。君は、一体何を望んでいるんだ?」

 その問い掛けにルミカは悩んだ。

「単なる我が儘ね」

 ロドーは低く唸ってから口を開けた。

「満ち足りた今の暮らしに不満を持っている人は、少なくないようだね。この暮らしをもっと長く続けたいという思いなら、理解できるけど……」

「幸せを感じられないのよ。何のために生きているのか、わからない……」とルミカは心の内を吐露した。

 ロドーは、彼女の思いに溜め息をつく。何の助力もできないが、彼女の体を引き寄せ、優しく抱き締めた。

   

 ロドーは終末処置施設に向かい準備をした。もっとも、狭い待機室で時間が来るのを待つこと以外にすることはなかった。

 静かな場所に一人でいると、どうしたって自身の人生を振り返ることになる。

 ルミカへの答えは嘘ではない。それ程、悪くはない人生だと思っている。ただ、特別に良いとは思っていない。それなりの人生、こんなものなのだろう。

 三十年を短いと言う人がいる。ならば、何年を望むのか? 少しでも長く生きていたいのか? 何れ死ぬことになるのだ。ズルズルと生き長らえるより明確な期限があったほうがいい。準備ができるし、覚悟も決められる。

 ロドーは自身にそう言い聞かせ、納得をしていた。間もなく、その時だ。

 自分でも驚くほど落ち着いていた。ジタバタすることもない。これで終わりだ、これで終わりにできるという一種の達成感もある。予定通りに安楽に逝けることに安堵していた。

 時間だ。

 指示に従って待機室を出てステージに向かう。その中央に立った。雛壇に一人の女性、ルミカだ。彼女と目を合わせると自然に笑みが零れた。小さく頷き、先に逝くよ、と心の中で告げる。

 そして足元の床が割れ、暗闇のシューターへと滑り込んでいった……




    エピローグ

   

 意識を取り戻した。

 この感覚、何度目だろうか?

 密閉された暗いタンクの中でフアフアと浮いている。ゼロG、宇宙空間なのか……。脳裏には、同じ形状のタンクが無数に並ぶ光景が浮かんでいた。

 裸にされ、腕には何本かのチューブが刺さっている。栄養補給、薬剤投与。数本は血液を抜き取るためのチューブだ。死の寸前、ギリギリのところまで血を取っている。

 体がだるく、重いのは血が足りないからだろう。思考も鈍いが、何度か意識を取り戻し重ねてきた思念は記憶に残っていた。

 血だ。

 蚊やヒル、吸血コウモリなど、血液を糧にしている生き物がいる。この施設を造った者も、そうした一派から進化した生き物のようだ。

 異様な姿の異星生物が、真っ赤な飲み物を啜り、そこから精製した粉末をメインディッシュに振りかけて食す……。そんな光景が頭に浮かんでいた。

 そのための血液を確保するのが目的だ。

 外界から隔離して子供の数を増やし、ある年齢になったらタンクに詰めてギリギリまで血を抜き取る。ここは、そのための施設。都合よく飼育されている。全ての知識は操作されたものに違いない。

 愚かだ。そうした真実を知ることなく、能天気に生きてきた……

 ロドーはその結論に至り、弱々しい笑みを浮かべたまま意識を失った。


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