前書き
夏場の熱さがピークに達して涼しい風が流れ始めて青葉の季節が節目を告げて朱に枯れていく。もうすぐ秋だな。銀杏並木を眺めてそんな季節になるのだと物思いに耽る。
セミの大合唱と共に暑い暑いと連呼していた都市部の人間たちもやっと過ごしやすい時期に移り変わって今度は冬に向けて色々と対策を取っていく。衣替えに、炬燵の準備、熱帯夜の熱気から逃れるために出しっぱなしにしていた扇風機を押し入れに仕舞う。
もうそろそろ肌寒いだろうと考えてすこし厚めな服装でランニングに来ていた片桐桂馬は30分ほど走り切って汗で背中まで濡れていた。腰辺りまで付着したシミがそれを物語っている。少し休憩したら冷やし風で今迄熱くなっていた身体がじわじわと冷えていった、風邪をひいてしまう前にさっさと帰ろう。
休憩を予定より数分切り上げて再びランニングを始めた。
自宅がある古いマンションに辿りついた彼はリングに通した6つほどある鍵の中から部屋の鍵を取り出して解錠する。ランニング用のスニーカーを脱ぎ捨てて、毎日欠かさず行っている手洗いうがいをして趣味部屋兼仕事部屋がある和室に籠城する。
昔から使っていた勉強机の上には文章構成の勉強や心理学、読破された小説の山、そして自力で稼いでやっと買えたノートパソコン。今の仕事の相棒はこいつだ。フリーの小説家として一歩踏み出した男性、片桐桂丞の生命線と言っても過言ではない。
さて、続きを書き進めよう。桂丞はパソコンの電源をオンにしていつものツールで作業を開始した。




