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スペルドキャッスルの雪宴  作者: RIKO(リコ)
最終章 たった一つの世界
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13. 思い出の場所

 温かな日差しを縫うように、ひらひらと舞い降りてくる太平雪たびらゆき。冷えた大地の雪蓋を押し上げて、春を感じた植物たちが芽吹き始めた。

 重い腰をあげる時期が来たかと、長かった冬が、やっと動き始めたようだ。

 とはいえ、北の丘の上に建つ石造りの城の2つの塔は、まだ白い雪を湛えていた。

 

「おい、ミラージュ、この北の城ってさぁ、白魔女が降臨する前は”魔法大皇帝(マジックエンペラー)”の皇宮だったんだって? なら、僕のモノってことなんだな」


「御意。住むも壊すも、皇帝陛下次第」


「誰が壊すもんか。せっかく、精魂こめて作った()()()()()を」


 北の丘に立った相良京志郎は、傍に控えたイケ面の近衛兵長を押しのけると、眼下に広がる明媚な景色に目を細め、ご満悦な笑みを浮かべた。


 やっぱり、()()()が造り上げたジオラマの舞台は、最高だ!


 城門と町を隔てた川に架けられたアーチ型の石造りの橋。

 橋の向こうに見える城下町には、大聖堂を中心に、屋根にうっすらと雪をたたえた赤い煉瓦造りの家々が規則正しく並べられている。その南側にはこんもりとした森が広がり、中世風に仕上げられた世界により深い趣を付け加えている。


「僕の力作の巡航戦車クロムウェルMk.Ⅳは、不法侵入の古代魚に食われてしまったが、あんな得体の知れない図書館長の下でバイトするより、こっちの世界で魔法大皇帝として生きる方が、僕にとっては有意義だ。この国のみんなだって、白魔女なんかより、優秀な僕に統治してもらう方がいいに決まってる」


「いかにも! この近衛兵長ミラージュ、敬愛する皇帝陛下へ未来永劫、お使えする所存で!」

 

 すっかり、盛り上がってしまっている二人。 

 その時だった。


「おい、そこの二人っ、勝手に色々と決めるんじゃないっ。白魔女に消された魔法の国を、ここに呼び戻してやったのは、()! その事を忘れちまってんじゃないだろうな!」


 黒エプロンの少年と、濃紺に金の縁取りの隊服の男は、面倒臭そうに後ろを振り返る。

 口を開こうとしたミラージュを手で制して、京志郎が言った。


灰色猫グレイ・マウザーか。うんうん、お前の究極に澄んだ声は、僕らの心の底まで響いてきたよ。とりあえずは、呼び戻してくれたことへの礼は言っとく。有難う。けどさ、何で、全員、一緒くたなんだよ。せめて、僕や姉ちゃんだけでも、先にやるって配慮はなかったわけ?」

「無理だ。 ― 命の鼓動の集結 ― は、バラでやるような魔法じゃないし、おまけに、あれだけ大きな魔法を使うには、ものすごく集中力と体力がいるんだ」


 確かに、灰色猫を見てみると、顔には疲労の色が出ているし、足元もふらついている。だが、京志郎はここがマウントの取りどころとばかりに、


「あっ、そう。お前にとって、相良京志郎と()()()()()は、その程度の存在だったってこと?」


 百合香の名前を出されてしまうと、言い返す言葉が何も見つからない。そう思った直後に、灰色猫ははっと漆黒の瞳を見開いて、ミラージュに問いかけた。


「ユリカはどこだっ!? ちゃんと、この国へ戻ってきてるんだろうな」

「俺も探しているんだが、多分、南の森の方に現れてるんじゃないか。姫はあちらの城がお気に入りのようだし」

「あちらの城? 白薔薇城のことを言ってるのか」

「いかにも。俺が姫の口づけで命を救われた、()()()()()だ」

「ミラージュ、お前な、いつも自分本位で物事を考えてるだろ」


 冗談じゃないよ。あれは、とっておきの魔法で、俺がユリカのために建てた城だぞ!

 白薔薇が溢れるバルコニーで、俺はあの娘に恋をした。騎士ナイトの誓いもたてた。けれども……


 北の丘から見下ろした南の森には、雪雲が森全体に靄をかけていて、城の姿を確認することができない。


「俺は南の森へユリカを探しに行く!」


 だが、疲れきっていた灰色猫は、丘を下ろうとしても足がもつれて、10歩も進まないうちに、ぺたりとその場にへたりこんでしまったのだ。


*  *


 芳しい紅茶の香りが流れてくる。

 木製の大テーブルには、カップが2つ。テーブルの後ろの天井に届くほどの書棚には、古い背表紙の本がずらりと並べられている。

 

「あれっ……ここって、シーディの家?」


 ふんわりしたソファに腰掛けたままで、百合香は突然、目の前に現れた光景に目を瞬かせた。


 ここは、間違いなく、灰色猫グレイ・マウザーを名乗る前に、あの小柄な魔法使いが住んでいた家のダイニングキッチンだ。

 懐かしさが止めどなく胸にこみあげてくる。ここは、魔法の国に迷い込んだ私が、戸惑う(シーディ)に招かれて訪れて、最初に白薔薇の魔法をかけられた()()()()()()


「シーディ、どこ? いるなら、隠れてないで、出てきてよ」


 外に開いた窓の桟に絡みついた白薔薇の花々が、さわさわと風に揺れている。

 百合香は、ドレスの裾を翻して立ち上がると、外に出ようと、扉に向かって歩きだした。

 それは、少女の細い指が扉のノブに触れた瞬間、


Castleキャッスル”! 建て! このお姫様(ユリカ)に相応しい美しの城!”


 どこともなしに響いてきた声と共に、雪よりも煌びやかで、樹氷よりも高貴に輝く白薔薇の城が、その場所に現れたのは。



      

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