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スペルドキャッスルの雪宴  作者: RIKO(リコ)
最終章 たった一つの世界
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8.最悪の時

 ”俺は、魔法の力を全て失くした()()()()()使()()だ"


 全然、意味が分からないよ。馬鹿じゃねぇのって、自分でもそう思う。けど、一度、名乗った灰色猫グレイ・マウザーの名を今さら、撤回なんてできっこない。


 こうなりゃ、他力でもなんでも、使えるモノは全部、使えだ。


 灰色猫は、オハンの盾を頭上に掲げて、あらん限りの声をあげた。


「ケルトの伝説の盾よ、 三大波浪を鳴り響かせろ!鼓膜をつんざく絶叫で、この場をどうにかしのがせてくれ!」


 オハンの盾は、攻撃を受けると凄まじい悲鳴をあげて、味方の危険を知らせるという最強の防具。その声の源である3つの海が、この魔法の国にもあるのか、前にも白魔女をもたじろかせた轟音がどこから来るのか、その声がどこへ伝わるのか、俺には少しも分からない。


 それでも、オハンの盾が、戦車の砲弾の破片を弾き飛ばした瞬間に、足元から怒涛の叫びが聞こえた。雪の丘が激しく揺れた。


「地震っ……!?」


 灰色猫と百合香が身構えた直後に、唸る地面のあちらこちらを切り裂いて、地上に飛び出してきた青い魚影。


「あれは……何?」

「まさか、魚っ!?」


 大きく裂けた口を開き、尖った背びれを翻して空を泳ぐ魚たちの影……その体は透明な青のまぼろしだった。だが、一番大きなモノはクジラほどもあって、口元の鋭い歯だけが実体を持ち、銀色に不気味に輝いていた。

 長らく魔法の国の底にいた魚たちは、狂暴で、悪辣で、しかも腹をすかせていた。

 そして、その歯で、雪塊も鉄片も、白魔女の雪の体も、京志郎が乗り込んだ戦車の砲身さえも、敵も味方も関係なしに滅茶滅茶に砕き始めた。


「マウザーっ、こ、これはっ、たぶん……ダメなやつぅう!!」


 叫ぶ百合香。灰色猫はオハンの盾を下に落とすと、唖然と空を飛ぶ巨大魚たちの影を見上げた。


「あいつらは……古代魚だ。2000万年以上も前に生息していた史上最大、最恐の。でも、完全に狂ってやがる……じいちゃんっ、いくら最高の魔法使いっていったって、夢を見すぎだよ。あんたは、この魔法の国を自分の理想ロマンで満たすために、古代の海まで召喚してしまったのか。その海がオハンの盾に呼応して叫びをあげた。けど、あの図書館で見つけた大量の魔法書の中から、好きな場所だけをかき集めて仕上げた呪文は拙速すぎた。失敗だったんだ。白魔女の時と同じように!」


 そして、あんたに育てられた俺自身も。


 巡航戦車クロムウェルMk.Ⅳの砲塔で、襲ってくる古代魚の魚影に剣を向けるミラージュの姿が見える。戦車での攻撃を諦めたのか、京志郎はミラージュの後ろで逃げる隙を伺っている。だが、後ろに回った青い影に背中をかじられて、悲鳴をあげながら、雪面に崩れ落ちた。


「あーっ、京ちゃんが! 助けてっ、マウザーっ、京ちゃんを助けてえっ」


 百合香にそう請われても、魔法の力を失った今の灰色猫には、なす術がなかった。

 ほんの一瞬のうちに、古代魚たちの餌場と化した北の丘。

 頭上の空には、古代魚に体を食いちぎられ、首だけが残った白魔女が浮遊している。


「きやぁあああっ、何、あれっ?! ホラー映画みたいなのが、飛んでるしっ!」


「ユリカ、とにかく、落ち着けっ。畜生っ、あのクソ図書館長が、もう少し、しっかりした設定で、この魔法の国や、あの図書館のことを創っていたら、初代灰色猫じいちゃんだって、もっと、まともな呪文を魔法書から取り出すことが出来たのに」

「ん? 図書館長って、私たちの世界を創作してたって、マウザーが前に言ってた人? でも、あの図書館長は、あんたが、この国に干渉できないように、()()()()()()したんじゃ……」


「ユリカっ、言うな、その先はっ!」


 灰色猫が大慌てで百合香の口を手で塞ぐ。

 空に漂う白魔女が、にやりと恍惚とした笑みを口に浮かべた。


 ― 排除? ほぉぉ、それは天上から度々響いて、我の邪魔をしてきた”あの忌々しい声の主”のことか ―


 最悪の時が来てしまった。

 あの図書館長が、唯一、魔法の国に役に立っていたのは……白魔女の”最終手段”を封じ込めていたってことだ。俺に排除されたために、その封印は、とうの昔に解けてしまっている。白魔女にだけは、それは絶対に、絶対に、知られてはならなかったのに。


 新たな餌を求めながらゆるゆると舞い、空を回遊する古代魚の青い影が、雪の国を不吉の色に染める。割れた地面から漏れ続ける海鳴りの音が、悲壮な声をあげる。


 灰色猫の絶望とは逆に、白魔女の心は歓喜で満たされていった。


― おぞましく変貌した我が身にも、崩壊寸前の魔法の国にも、もう未練などあろうはずもない。ならば、我は歌うぞ ―


「止めろっ、それだけは、止めてくれっ!! 何でもするっ。欲しけりゃ、俺の命だってくれてやるっ。だから、止すんだ。歌うなっ、歌っては駄目なんだ。その歌だけはっ」


 灰色猫は、形振り構わず、泣き声交じりの叫びをあげて白魔女に哀願した。

 だが、今の白魔女には、どんなアプローチも無駄でしかなかった。


― 笑止。今更、貴様の命など、少しの価値もありはしないわ ―


 魚に半身をかじられ、首だけになった白魔女は、”消滅の美学”に酔いしれ、”無への憧れ”を胸に抱いて、宣言した。


 我は歌うぞ。



 ― 滅びの歌を ―



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