表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スペルドキャッスルの雪宴  作者: RIKO(リコ)
最終章 たった一つの世界
70/85

2.ベルベットの告白


 灰色猫グレイ・マウザーに遮断されて魔法の国の支配権を失い、ふて寝していた”声の主”は、夢うつつのまま窓の外を見た。

 窓にあたる日の光が眩しい。雪景色の街路樹や家々の屋根が銀色に輝いている。


 ― おかしいな。こっちは晴れてるのに、あっちの空は真っ暗だ ―

 

 その時、ゴロゴロと猫が喉を鳴らすような雷鳴が響いてきたのだ。時をおかず、遠くの空に縦に光の亀裂が走った。


― 稲光? ―

 

 と思うやいなや、凄まじい音が耳をつんざき、家の屋根が激震した。


― ひやぁっ、落雷っ? も、もしかして、これも灰色猫のせい? ―


 その時、ライティングデスクのパソコンが突然、カタカタと起動し始めたのだ。ダウンしていたパソコンが、雷が落ちて復旧するというのも妙な話で、”声の主”は、恐る恐る、いつも使っている小説サイトのマイページを開いてみた。

 案の定、自分の作品のはずだった小説が、知らぬうちに更新されてしまっている。


― うわぁ、ちょっと寝てる間に、白魔女と灰色猫グレイ・マウザーの戦いが、生きるか死ぬかのデスマッチみたいになってる。駄目でしょ、灰色猫は、主人公なんだからね、ここで死んだりしたら、本当に話がバッドエンドになるっ ―


 主導権を灰色猫に奪われた時は、もうどうにでもなれと毒づいたが、やはり、自分が手掛けた作品は可愛いのだ。ただ、どんなにキーボードを叩いてみても、編集機能は使うことができず、”声の主”が物語に介入することは不可能なようだった。

 諦めきれず、あらゆる場所をクリックしてみる。……と、


― あ、”いいね♡” だけは、クリックできる ―


 それも、1回だけでなく、何度でも。(いい加減な小説サイトだ……)


 ― ううっ、自分の作品に ”いいね♡” を連打だなんて、()()()()()()だけど、今はとにかく、灰色猫を応援しなきゃ ―


 ”声の主”は、形振り構わず、手にしたマウスを連打した。


 ”いいね♡” ”いいね♡” ”いいね♡” ”いいね♡” ”いいね♡” ……

 ”いいね♡” ”いいね♡” ”いいね♡” ”いいね♡” ”いいね♡” ……と。



*  *


 一方、灰色猫グレイ・マウザーは、


「くそっ、硬すぎて、首を落とすどころか、途中までしか剣が入らねぇっ、おまけに、さっきから、頭の上がムズムズして、すごく気が散るっ」


  第二形態に変化した白魔女 ― 巨大雪だるま ― の弱点は首。そこを斬って、陽の光にさらしてしまえば、一巻の終わりだ。だが、果敢に巨体の首元に流星刀ミーティアソードを振るうも途中で刃が止まってしまうのだ。

 二進にっち三進さっちも行かない。おまけに、上の方からはおかしな声まで響いてくる。

 


 ”いいね♡” ”いいね♡”



「その声を止めろ、気が散るっ。俺の邪魔をするんじゃねぇっ」




 片や、近衛兵たちと一旦、退却し、丘を少し下った場所から上の様子を伺っていた百合香は、


「マウザーっ、その雪だるまが暴れ出さないうちに、そこから離れてーっ。それっ、絶対に危ないんだからーっ」


 その時だった。


「は、馬鹿なことを。()()()が、危ないからって、戦いの場から逃げるとでも思ってるの」


 きょとんと目を瞬かせて、百合香は隣りに目を向ける。すると、パープルグレーのゴシックドレスを身にまとった美女が、上目線でこちらを見返してきた。

 青白磁のような透き通った肌と、グレーサファイアを思わせる輝く瞳。上品さと可憐さを同時に持ち合わせたドレス姿はスレンダーで落ち着きがあり、とっても大人っぽい。

 にわかに、互いに傷付いた時、灰色猫と手を手を取り合って、恋愛劇めいた場面を演じていた()()()()を思い出す。

 

「まさか、ベルベットなの? ()()()()()()()()が、こんな場所で何してんのよ」


 ベルベットの姿を見た近衛兵たちが、”絶世の美人だ……”と、嬉しそうに囁き合っているのも、百合香のムカつきのツボを押しまくった。


 確かに魔法の力は持っているけれども、この子の正体は、ただの”布地マント”なんだからね。マウザーといい、近衛兵たちといい、そこんとこ、何か、勘違いしてない?

 魔法のマントはつんと澄まし顔をして言った。


「我が主の命令がなかったら、あんたみたいな馬鹿娘は放っておいたのに……正直言って、私は、()()()あの方のお傍を一瞬たりとも、離れたくはなかった」

「あ、愛する……って、あのー、それ、マウザーのこと?」


 ちょっと、ちょっと、臆面もなく、マントごときが、”愛する”なんて言葉を使って、告白?


 百合香は焦った。たとえ、マントであったとしても、自分の知らぬところで、あの小柄な魔法使いにそんな思いを抱く者がいたなんて。そして、その後のベルベットの言葉は、百合香をさらに驚かせた。


「いいえ、違うわ。私が愛しているのは、この世の中で最高の大魔法使いの灰色猫グレイ・マウザー。私は、本懐を遂げて、壊れていったリンナイが羨ましい。私も傍にいて、リンナイのように、あの方を命をかけてお守りしたかった」


「えっ、リンナイが壊れたって?」


……まさか、これじゃ?


 丘に落ちていたホーロー材の残骸の中から拾って、胸元に入れていた【RINNAI】の文字板ネームプレート

 ベルベットにそれを差し出そうとした時、



― グレイ・マウザー、あいつは、自分は最高の魔法使いだと、大口を叩いているくせに……何をぐずぐずと手間取ってやがる。結局のところはポンコツか ―



 頭上から響いてきた声と激しい鳥の羽ばたきに、百合香は驚き、慌てて空に目を向けるのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング
この小説を気に入ってもらえたら、クリックお願いします
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ