7. 魔法使いより剣士
魔法の国の雪の森。
シーディは、ファーコートに身を包み、足湯を楽しんでいる百合香を目の前にして、頭を痛めていた。こんな娘はさっさと見捨てて、家に帰ってしまいたい。でも、この娘が北の丘の皇宮に連れてゆかれて、”性悪の魔女”の拷問にあったりしたら、余計に後味が悪い。
「なぁ、ユリカ、とりあえず、俺ん家に来る? ここにそんな恰好でいたら絶対に近衛兵に見つかって、しょっ引かれてしまうから」
「シーディの家に?」
「うん、ここからすぐだから」
むっつりと黙り込んでしまった百合香。近衛兵……もしかしたら、あのイケメンのフィギュア隊長がいたりして? 弟が作っていたフィギュアのことを思い出して、ちょっと胸がときめいた。……が、それは別として、こんな得体の知れない男の家に行ってもいいものだろうか。
でも……
「変なことしないなら、行ってもいい」
「……おいっ、親切で言ってやってんのに、何で俺がそんな風に疑われなきゃいけないんだよ!」
「だって、一応、念は押しておかないと」
「何もしません! さっさと後を着いて来いよ……。えっと、お前、そのバスタブ以外に持ち物ってないの? 」
「今、持ってるのは、この『ナイチンゲールと紅い薔薇』の英語教本だけなんだけど……」
「マジか……靴とかは?」
「ない。でも、シーディは、魔法使いなんでしょ。なら、魔法でササっと靴くらい出してくれればいいのに?」
「……無理。さっき出した風呂の泡が、今の俺の力じゃ精一杯だ。俺の魔法は気まぐれにしか発動しないから。頼りのマントはもう、そのドレスに変化させちまったし……」
百合香は眉をひそめる。仕方がないだろと、シーディは口を尖らせたままだ。
シーディの魔法の力は、並以下……というか、彼の言うようにとても気まぐれだった。
一度使った呪文は、二度は発動しなかった。おまけに呪文の効果が現れるのに時間がかかった。それなのに、時にとてつもなく大きな魔法が使えてしまうこともあるのだ。
「癪に障る。魔法に関しては、おじいちゃんの形見のマントの方が俺より有能だなんて」
シーディは口を尖らせた。実は彼は大魔法使い”灰色猫”の孫で、ゆくゆくは、3代目”グレイ・マウザー”として、その名を継承するはずの男なのだ。けれども、今一つ、自分の魔法力に自信の持てない彼は、今だに3代目を名乗る覚悟が出来なかった。
「え~と、俺の家まで雪道を歩くのは……さすがに裸足じゃ辛いか……俺のブーツでも履くか」
「でも、それじゃシーディは?」
「ん、靴下はいてるから、何とかなるだろ」
「そんなの、足が凍えちゃうじゃないの」
「家、近いから」
ほらっと、仏頂面で脱いだブーツを百合香に投げると、雪の道を歩き出した魔法使い。手招きする青年の姿は小柄で、足元はものすごく冷たそうだった。
こいつって、意外と、いい奴かも。
百合香が表情を和らげたのもつかの間、
キィンンン……
日の光が翳り、乾いた風切音が聞こえてきた。
雪混じりの鋭い風が吹いてくる。気温が一段と下がり、突然、視界が遮られた。やっと、見慣れたはずの雪景色が、あっという間にホワイトアウトした。
「ヤバいっ! 近衛兵たちに見つかったんだ! あいつら、吹雪を操るんだ。あれに取り囲まれたら、ひとたまりもないぞ!」
「近衛兵っ? そ、そんなこと言ったって、ど、どうすればいいのよ?!」
「とりあえず、ユリカはバスタブの後ろに隠れとけっ!」
百合香が大慌てで、バスタブの後ろに回ったのを見届けると、シーディは、目にもとまらぬ早業で、背中の鞘から流星刀を引き抜いた。流星の欠片で打たれた剣で、これも祖父の遺品の中から見つけたものだ。
流星刀を目元で構えると、シーディは耳元を過ぎてゆく風切り音に耳を澄ませ、見えない敵の位置を探る。
真正面から来る!
第一陣に飛んできた雹の塊。それをひょいっと飛びかわし、第二陣の白い息吹を潜り抜け、流星刀で第三陣の大雪玉を真っ二つに斬り裂く。
その見事な剣技を披露した間は、わずかに5秒。その瞬く間に、周りには切り取られた雪の残骸が積みあがっていった。
魔法を使うより、剣で戦った方がよほど早い。
「シーディって……魔法使いよりも、剣士の方が向いてるんじゃないの」
バスタブの後ろに隠れていた百合香は、そう思わずにはいられなかった。
 




