10. 3つの海の真実は?
― 白魔女を仕留めろおおっっ!―
雄叫びをあげながら、北の丘の頂上へ突撃してゆく近衛兵は約50体。
だが、それらは、たったの2cmの大きさの人形にすぎず、迫力がなさすぎた。
名指しされた白魔女は、
「なぁに、あれ? なに、なに? かわいい。うふふふっ、あっはははっ 、きぃぃいい!」
ヒステリックな嘲笑がエスカレートして止まらなくなる。雪の丘に聞くにたえない金切り声が木霊する。
ところがその直後、白魔女は態度をがらりと一変させた。
「黙れや、黒魔女! 両目を潰されて、やむを得ず、お前を呼び出したが、必要なのは、その”目”だけで”口”ではないわ。心して聞け! お前が、我の表に出てきて良いのは”瞳”だけじゃ。その他はいらぬ!」
所詮、黒魔女なぞ、白魔女の”魔力の滓”。
分かったわよと、それは、しゅんと口を噤み、”赤目”だけを残して、白魔女の中に引きこもる。
空を見上げれば、雪原をオレンジ色に染めていた夕陽は、西に大きく傾き、夜の闇が間近に迫っていることが見てとれた。黒魔女が力を増す逢魔が時がやってくる。 白魔女はふんと鼻で笑うと、
夜など、ここには来るものか。それまでに我が全てを終えてしまうのだからな。本当は黒魔女の目など借りたくもないが、今は我慢じゃ。見えぬことには戦はできぬ。しかし、何なのじゃ、あのちっぽけな兵隊は? さしもの灰色猫も深手を負って、魔法力が落ちているのか……いや、違うな。あのような人形を操るのは、魔法大皇帝を名乗っている、あの小僧だ。
……あやつら、共闘の契約でも交わしよったか。
「ええいっ、しゃらくさい。我の前に出る者は、叩き潰すだけじゃ!」
炎が燃えるごとくに赤目を滾らせ、迫る敵を睨みつける。
けれども、小さな先遣隊の後方に、近衛兵長ミラージュとその部下たちの姿を見つけた時、
「おおーっ、そこに見えるは我が恋人。苦しゅうないぞ、近う寄れ!」
白魔女の口から発せられた幼女もどきの素っ頓狂な声。それは、進軍さなかの近衛兵長ミラージュの耳にもすぐに届いた。
「うっ……」
その幼女もどきに、散々、いたぶられ続けていたミラージュは、立ち止まり、吐きそうになる口元を押さえた。……が、すぐに顔を上げると、
「弓兵っ、火矢を放てっ! 目標っ、前方の敵!! 」
近衛兵長の声が響いたとたん、小さな人形たちが、待ってましたとばかりに、巨漢の兵士に成りを変えた。
弓と盾、長槍を掲げ、雄々しくあげる鬨の声。
この場の全権を京志郎に委ねられたミラージュは、手にした剣を空に掲げると強く宣言した。
「これより、対白魔女戦の指揮は、全てこの俺が執る!」
そして、全身全霊の祈りをこめて、屈強な兵士たちに命を下した。
「全軍、進軍!! もはや俺たちに退路という言葉はないっ! 何も恐れるな、ただ一心に邁進せよ! あの怨敵を焼き尽くすまで!」
無数の火矢が、炎の弧を描きながら飛んでゆく。
「城下町の色事師ふぜいが、何を小癪な! 裏切り者のミラージュめ! 目に物見せてやる!!」
怒り心頭の白魔女は、腰を巡っていた輪の中から氷の欠片を浮き上がらせ、ここぞとばかりに風下の弓兵に向けて吹き下ろした。
けれども、氷の欠片が、近衛兵が差し出した盾を直撃したとたんに、ゴゴゴ……と、唸るような音が辺りに響き渡ったのだ。
何層にも重なってゆく重い空気。その層が不意に崩れた……かと思った瞬間に、
「全軍、耳栓、装備ィ!!」
後方に控えていたパッシュフルとグランピーが、大声で叫んだ。
白魔女の攻撃を受けたオハンの盾が、味方の危険を知らしめるべく絶叫をあげる。その防衛のための備えを彼らは怠らなかった。
* *
「何じゃぁああ、このおぞましい轟音は!!」
顔を歪めて両耳を押さえた白魔女は、鼓膜が破れてしまいそうな音に耐えきれず、金切り声をあげて、その場に蹲った。
くそっ、これはたまらない。
氷の欠片を自分の廻りに集めると、白魔女は轟音から逃れるために、氷のドームを築き始める。
― オハンの盾 ―
実際、この魔法の国に、その盾に呼応する3つの海があるのか、ないのか。初代灰色猫が人知れず、魔法でその海を創り出していたというのか? 彼が死んだ今となっては、誰にも分からない。
ただ、鳴きたいから鳴いている。叫びたいから叫んでいる。
守りたい者がいるから機能する。
それだけが、真実。
そして、これは、ほんの前哨戦。氷のドームで身を守ろうとする白魔女に、そうはさせじと、近衛兵から放たれた火矢が飛ぶ。
いつ終わるかも知れない炎と氷の戦いが、雪の丘に繰り広げられてゆく。
そう、白魔女との戦いは、まだ続くのだ。
その時、皇宮の地下の部屋から、灰色猫が戦いの場所に駆けあがってきた。
後ろには、息を弾ませた百合香が……。




