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スペルドキャッスルの雪宴  作者: RIKO(リコ)
第六章 白魔女 vs 灰色猫
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8. 見えぬ後先 

 魔法の国から隔てられてしまった小さな部屋で ―


― あー、どうしよう。お腹の具合は良くなったけど、小説サイトどころかパソコンも起動しないし。このままじゃ、灰色猫グレイ・マウザーに、好き勝手に魔法の国を改変されてしまう ―


 どうしようって言っても、()()()使()()の魔法で ― それも、たちの悪い黒魔法で、遮断されてしまったんだから、こちら側からでは、どうすることもできない。


― ううっ、灰色猫を甘く見ていた。あいつを”大魔法使い”だなんて設定にしなきゃ良かった ―


 その声の主は、仕方なく、ベッドの上にごろんと身を投げ出した。


 窓の外は一面の雪景色で、いつ止むかも知れない細かな雪が降り続いている。

 この辺りでは、冬でもめったに積雪にはならないが、巷の噂では、どうやら、今年は異常気象が起こっているらしい。

 平凡な住宅街の景色が、雪でメルヘンチックに染められてゆくのを眺めているのは好きだ。

 ふとした時に聞こえる、木の枝から落ちた雪の音。雪の結晶が日差しの中でちらちらと踊るさま。人っ子一人いない雪道に、知らぬ間に残されている足跡の不思議。 

 ああ、それでも、自分が精魂込めて作った世界ファンタジーが乗っ取られるのを指をくわえて見ているだけなんて、歯がゆくてたまらない!


 ”灯油がなくなりました”の警告音を無視された石油ストーブが、ぷすぷすと音をたてて消えた。

 

― でも、灰色猫グレイ・マウザーの好き勝手にさせて、本当に大丈夫なの? ―


 誰かに与えられた、うっとうしい設定に縛られるのは嫌かもしれない。面倒くさいシガラミから解放されて、自由に夢を追いたい気持ちは分からないでもない。

 けれども、あいつは後先のことなんて何も考えずに、突っ走ってしまってる。


― それで、上手くゆくとでも思ってんの ―

 

 声の主は、ベッドサイドに置いてあった英語教本に目を向ける。


 『小夜啼鳥ナイチンゲールと紅い薔薇ばら


 それは、アイルランド出身の詩人、作家、劇作家。オスカー・ワイルドにより1888年に書かれた児童文学。

 

『要するに、その本の内容は、『高嶺の花の女の子に、紅いバラを求められた男の子のために、命まで捨てちゃうドMな鳥の話』 その鳥は、白いバラを自分の血で紅く染めるために、胸を荊棘いばらに突き刺して死んでしまうんだから』


 モデラーの相良京志郎が、自宅のダイニングで、姉の百合香に解説したその本の内容が、頭にちらつく。


『おまけに結末はバッドエンドで、その紅いバラは、女の子にフラれた男の子に道路に捨てられちまうってわけで』


 バッドエンド……か。


 声の主はその時、はたとノートにしたためていた小説用の設定プロットのことを思い出した。

 灰色猫に奪われて、ノートに物語のラストの設定を書くことはできなかった。……っていうか……まだ、そこまで考えてなかった。


― それでも、紅の薔薇をくれたのが、本当に好きな人だったなら、女の子は、男の子の想いに、きっと応えていただろうに ―


「ふんっ、今更、そんなことを思いついたって、もう、あちらの世界に、こちらから手を加えることはできないんだからねっ。バッドエンドだろうが、衝撃のラストだろうが、世界の終わりだろうが、どうなったって、私の知ったこっちゃないわ」


 ぶるりと寒さに身を震わせた声の主は、足元にあった、ふわふわの掛け布団を引き寄せるとその中に潜り込んだ。

 

 ― 寝よ。もう、なるようになれ ―


 体が温かくなるにつれ、眠気がふつふつと湧き上がってくる。深い眠りに落ちる前に、声の主はむにゃむにゃと寝言のような声を出した。


  ……赤いバラが一本あれば

  きっと、あの子は……なれる……のに

 


*  *


「くそっ、忌々しい鳥め、あっちへ行けっ。あいつが出てきて、いいことが起こったためしがないんだ」


 京志郎にラジオペンチを投げつけられ、慌てふためいて外へ飛び出していったナイチンゲール。ふんと冷たい一瞥を投げかけてから、京志郎はその目を再び灰色猫の方へ向けた。


灰色猫グレイ・マウザー、例え仮の話であったとしても”姉ちゃんと僕が存在できるのが、この()()()()()()”なのだとしたら、だからこそ、共闘できないか、僕たちは」


 その問いに灰色猫は、首を横に振る。


「信用できない。どう理屈をつけたとしても、お前は、俺たちをあの人形フィギュアに変える能力を身につけている。だから、殺す。俺の答えは変わらない」

「なら、姉ちゃんも殺すっていうのか。()()()()もないっていうのに」

「おい……京志郎、お前、姉をディスりすぎてないか」


 横で頬を膨らませている百合香。灰色猫はこほんっと一つ、咳払いをしてから、言葉を続ける。


「お前の姉は、ミラージュの1()3()()()()()になるんだろ。なら、俺の敵だ」

「あっ、やっぱり、殺す気なんだな!」

「……いや、えっと、それは、その時になったら考える」

「その時って、何時なんだよ? 誤魔化してないで、はっきりと答えろよ!」


 外からゴゴゴ……と凄まじい轟音が響いてきたのは、その時だった。一同は、思わず両手で耳元を押さえた。そうしていないと、雷と海鳴りが重なりあったような激音に鼓膜が破れそうだったからだ。

 顔をしかめながら、京志郎が声をあげた。


「これは、僕が近衛兵たちに持たせたオハンの盾だ。オハンの盾が悲鳴をあげている! あの盾が敵に打たれて、悲鳴を上げた時、三大波浪が呼応する。硬直が溶けた白魔女とミラージュたちの戦いがついに始まったんだ!」




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