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スペルドキャッスルの雪宴  作者: RIKO(リコ)
第六章 白魔女 vs 灰色猫
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2. 黒の呪文

 ホワイトアウトした魔法の国。

 両目を潰された白魔女は、嗅覚で辺りの様子を探るしか術がなかった。けれども、鼻をくんくんと鳴らすと、ぴくりと口角を吊り上げ、残酷な笑みを顔に浮かべた。

 風下から流れてくる町が焼け焦げる匂い。敵が流したであろう血の香り。微かな薔薇の花の残り香はあるが、すぐに風に流されて消えた。


「ほほほほ、もうこの国は終わっておるわ。ならば、()()()()()()()我が今一度、この国を作り直してやろうではないか!」


 白魔女は、勝ち誇った表情で両手を空に突き上げる。


「我が唱える究極の呪文! 憎き灰色猫グレイ・マウザーよ、耳を澄ませ。これが貴様たちに送る我からの弔辞だ!」


 崩壊寸前の魔法の国の息の根を止めるための呪文。白魔女は声高々に、それを唱えだした。



 Spirit goes to words

(言葉にやどる精霊よ!)

 I ask, I wish

(我は問う。我はねがう!)

 Blessing to the one

(唯一の者への祝福を)

A sword for those left behind

(残されし者へのはなむけを)


And leave it all. life, living, all is Death’s

(その時、世界は揺り動かされ そしてすべてが消えてゆく)



「あと一言じゃ。あと一言、我が最後の呪文スペルを口に出せば、この国は終わりを告げるぞ!」


 血を流しすぎた灰色猫は、反撃どころか、ベルベットが後ろで支えていてくれなかったら、起き上がることさえままならなかった。


 くそっ、阿呆な白魔女。今、ここで真の支配者の位置にいるのは、あの謎の図書館長だってことが分からないのか。そんな呪文を発動させたが最後、俺もお前も、この国の中の者は誰も残ることができないぞ!


 灰色猫は恥じ入るような思いで自問自答した。


 俺は何のために大魔法使い ― 灰色猫グレイ・マウザー ― を名乗ってる? それは、この魔法の国を手に入れるため。そして、誰の支配も受けない理想の国を作るためではなかったのか。

 ならば、諦めるな。思い出せ! 俺が、今まで頭の中に叩き込んできた古今東西、白魔術から黒魔術までも網羅した膨大な数の呪文を!


 だが、灰色猫は心の奥では、とっくに気づいていたのだ。白魔女の究極魔法に対抗できる呪文スペルがたった一つだけあることを。 

 使えば、彼自身も闇に堕ちるかもしれず、発動するにはとてつもなく大きな危険リスクがある……禁断の黒魔法が。


 使いたくない。出来ることなら……。


 その呪文を発動するには、それに見合った捧げ物(いけにえ)が必要なのだ。


 美しく清廉な乙女の贄が。

 黒の呪文と引き換えに、闇の精霊の元に自らの命を届ける覚悟の魂が。


 酷く苦しげな声音で、灰色猫は彼の背中を柔らな手で支えるしもべに向かって言った。


「行ける……か、ベルベット」

「はい。我が主の御心のままに」


 くそっ、何でお前は、そんな姿で俺の前に現れたんだよ。ただの魔法のマントのままだったら、こんな黒魔術は使いようもなかったのに。


 苦い思いを断ち切るように頭を強く横に振る。

 灰色猫は、弓形から元の形状に戻した愛剣の流星刀ミーティアソードの柄を両手で持つと、剣先だけをぐるりと後に回した。そして、自分の背に向けて声をあげた。


「ベルベット、そのままで動くな! 決して、俺の前には出てくれるなよ!」

「うふっ、我が主、大魔法使い(グレイ・マウザー)ともあろう方が意気地がない」

「うるさいっ、俺は、見たくなんかないんだよっ」


 次の瞬間、灰色猫は前を向いたまま、流星刀を自分の背に向けて振り抜いた。ベルベットの柔らかな胸の鼓動が触れていた場所を真っ直ぐに狙いすまして。


 俺は見たくないんだ! 流星刀が、お前を貫くところなんて。


 乙女の流した鮮血が、白の大地を赤に染めながら広がってゆく。


 ああ、なぜ……こんな時、薔薇の香りがするんだろう。


 灰色猫は首を傾げ、流星刀を杖がわりにしてゆっくりと立ち上がった。 

 頭の中が痺れるような感覚がした。怒りも哀しみも畏れも、もう何も感じない。

 

 灰色猫は、はははと低い笑いを漏らすと、白魔女の方向に2、3歩進むと立ち止まり、刺すような漆黒の瞳を敵に向けた。その時、まさに、白魔女は、魔法の国を滅ぼすための究極の呪文の最後の一語を言わんとしていた。


「灰色猫よ! これが我が貴様らに送る弔辞の最後の呪文スペルじゃ!」



 ― Destruction (崩壊) ―



 だが、白魔女がその呪文を言い終わらぬうちに、灰色猫は大地に染み入りそうな玲瓏な声で言葉を紡いだ。それはおよそ、人の声とは思えなぬほど低く、闇を地上に呼び込むような声だった。



Hearken,I am the one who opens the door of space-time,

The universe, any law flows backwards in front of me.



「聞け、我は時空の扉を開く者

 森羅万象、如何なる法則も、我の前では逆流する」



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