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スペルドキャッスルの雪宴  作者: RIKO(リコ)
第五章 名乗りの時
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2.目覚めの時 

「えいっ、キスっ」


 それは、雪降る国の魔法使いが仕掛けた愛の呪文。

 すべては、()()の口づけで、彼女の()()()()の命を救うため。


 ……が、

 京志郎は、落胆せずにはいられなかった。期待半分、やっかみ半分で、姉の百合香とミラージュの事の顛末をどきどきしながら、見ていたっていうのに。


「姉ちゃん、何だよっ! せっかく、マウザーがお膳立てしてくれたっていうのに、その啄木鳥キツツキが木の幹をつついているみたいな、色気もクソもないスッカスカのキスはっ」

「え……だってぇ……恥ずかしいし。っていうか、京志郎っ、そこでガン見してる、あんたこそ、何やってんのよっ」

「今後の勉強も兼ねて……」

「それ、いらないって!」

 

 百合香は、京志郎に仏頂面を向けてから膝枕にしているミラージュの顔に視線を移す。相変わらずの丹精なお顔。心なしか血の気もさしてきたようだ。

 けれども、ほっとした瞬間に、胸の中に芽生えた捉えどころのない不安。


 敵のミラージュを助けてしまったから?

 ううん、違う。


 マウザーと私を繋いでいた絆。

 あんなに、彼が大切にしていてくれた”ナイチンゲールと紅の薔薇”の呪文を私が二人以外のために使わせてしまったから。

 

 おずおずと後ろを振り返り、小柄な魔法使いの名前を呼ぶ。


「マウザー……」


 だが、彼の姿はそこにはなく ―


 あ、私、泣く。


 だが、ポロっと百合香が涙をこぼした時に、緑の瞳に輝きを取り戻したミラージュが、手を伸ばしてきた。


「泣かないで、我の上に舞い降りてきた天使。あなたの恋人はここに生きている」


 その微笑が未だに弱々しいところが、余計に甘いマスクを引き立てている。


 うわぁ、素敵。


 そんな近衛兵長に天使とか恋人などと呼ばれてしまえば、引くに引けない。百合香は伸ばされたミラージュの手に思わず手を伸ばしてしまう。


 灰色のマントが、包んでいたミラージュの体を払い除けて、主人の元へ飛び立ったのは、そんな時だった。


*  * 


 白薔薇城のダイニングキッチン。

 すっかり冷えてしまった二つの紅茶カップ。

 城を取り巻いていた白薔薇でさえも、純白の花弁を萎えさせようとしている。


 キッチンの椅子に座ると、ラストの一文だけがかろうじて残されている魔法書を見つめて、マウザーは皮肉な笑いを浮べた。


― what a silly thing love is!

(愛とは何て下らないものなんだ)


it only tells us about things that will not happen and things that are not true. it is

quite unpractical  ―

(起こりもしない出来事を語り、真実でないことを真実だと思い込ませる。実際、こんなもの何の役にも立ちやしない)


 その一文さえも、徐々に文字が消えようとしている。


「ああ、そうだよ。まったくもって、その通りだ。馬鹿馬鹿しい想いに惑わされるより、ここでもっと役に立つ魔法の勉強をしていた方が、よほどましだった」


 チチチッ、チチチッ


 マウザーの声に呼応したのか、どこからか、舞い込んできた小さな鳥が囀りだした。


 ♪ 愛は人から生まれいづる悩み

 されど、人は愛し、愛され……♪


「うるせぇっ、そんな歌を歌うな。ナイチンゲールっ! ムカつく鳥めっ、お前もこの魔法書と一緒に永遠に消えちまえっ!!」


 マウザーは”ナイチンゲールと紅の薔薇”をかまどに投げ込み、”burn(燃えろ)”と、口元で呟いた。竈に青白い炎が燃え上がる。同時に頭上のナイチンゲールまでが青の炎に包まれだした。

 チチッと慌てふためく声がする。構うものかと小柄な魔法使いは、知らぬ顔を決め込んだ。


 炎の中で燃えて何もかもが塵になれ。あの魔法書も挿絵の鳥も!


 燃え尽きる本と鳥。落ち込んで首をうなだれたまま、椅子に座り続けるマウザー。そんな魔法使いの足元に竈からこぼれ落ちた青の炎が飛び火した。青い炎は熱を持たず、マウザーはそれには気づかない。炎は次第に彼のブーツを焦がしだした。


その時、


「お前は阿呆か! その炎に巻かれてお前まで消えてしまう気か!!」


 頭上から浴びせかけられた大量の水。

 と同時に轟いた野太い声。


「つ、冷てぇっ、何だよっ、いきなりっ」


 燃えたブーツどころか、髪も服までもがびしょ濡れだ。


『 ”魔法使いたる者”その装いは他者を威圧するモノであるべし"と、大魔法使いだった祖父に諭され、後ろで結んで、マントのフードの中にしまっていた長い髪(実は長い髪は嫌だった)が、ばらけて視界を遮る。マウザーは、ほら、邪魔なだけだと、濡れた髪をかき分けて声がした方に目を向ける。……と、


「お前、誰?!」


 見たこともないデカい図体の男が、太い眉をしかめながらかまどの横に立っていた。やたらに胸板が厚く、腕も太い。顔もデカい。それなのに、やたら肌は色白で、アラビアンナイトに出てくる魔神ジーニーのような衣装を身に着けている。それも白一色だ。髪は金色。そして、つま先が二つに割れた金の靴。ん、これって、金の猫足?


「あ……まさか、お前って……」


 マウザーは、おずおずとその巨漢の胸元にあった黒の縫い取りに目を向ける。


 ”RINNAIリンナイ


「やっぱりか。魔法のバスタブが、ついに俺の情けなさに痺れを切らして、かつを入れにきたってわけ? けど、すごいな、お前ってそんな風に人の姿も取れるのか。魔法書に頼ってる俺と違って大した魔法力じゃないか」

「……」


 巨漢のリンナイは口をヘの字に曲げたまま、無言でマウザーの前に仁王立ちしている。壊れた窓から吹き込んでくる雪風が、濡れた魔法使いの体を冷やしだした。


 寒いな。


 その窓から突然、舞い込んできた灰色の風。それは、マウザーの背中で姿を整えると、肩の上にふわりと両手を掛けて、()()の体を包み込んだ。

 暖かな感触が濡れた体を乾かしてくれている。


「だめよ。リンナイ、この方を虐めては。後で叱られてバラバラにされてしまうわよ」


 その声は、冬の夜の暖炉の中でパチパチと焚き火が爆ぜる柔らかな音色のよう。だが、横目に見てみると、マウザーを背中から抱きしめた姿は、少女のようでもあり、大人の女性のようでもあり、全体に灰色の紗がかかっていてよく見えない。

 ただ、好ましかった。これまで、トレードマークのように、それを身につけていた魔法使いは、その価値を十二分に知っていた。


「ベルベット……か。びしょ濡れの俺を乾かして温めてくれたのはお前か。危うく、自分の魔法で丸焦げになるところを助けてくれたリンナイといい、礼を言っとくよ。ゴメンな。主人の俺がこんなポンコツで。でも、それだけの魔法力があるなら、どこででも生きてゆける。もう俺なんて相手にしないで、お前たちは自由に暮らしてくれ」

 

 そんなマウザーにベルベットが言った。


「我が主は、まだ、そんな笑止おかしなことを言っておられる。私たちは貴方の元を離れれば、ただのバスタブとマントにしかすぎません。私たちには魔法の力など露ほどもありません。バスタブが走って白鹿に変わり、ただのマントがドレスや革鞭に変身する。これは、すべて、()()()()こぼれ出た魔法の力がなせる技でした」

「え……でも、俺の魔法はポンコツで……」


 戸惑うマウザー。だが、人の姿をしたリンナイとベルベットは、同時に首を横に振った。


「今、私たちが人の姿をとっていることでさえ、貴方が無意識に使っている魔法の力。もう、気づいてはいかがですか。このささやかな家を豪華な白薔薇の城に変えたのは誰? 夜を駆ける流星を隕石に変えて北の皇宮に降らせたのは? そんな魔法を知らず知らずのうちに使えてしまうのは、伝説の大魔法使い、灰色猫グレイ・マウザーでしかないのだから」


 灰色猫グレイ・マウザー


 とうに諦め、忘れようとしていた名前。そして、この世界を支配する3つの勢力のうちの1つ、相良京志郎マジックエンペラーの言葉が、再び、小柄な魔法使いの脳裏に蘇る。


 ― そちらの敵と戦う覚悟があるなら、灰色猫グレイ・マウザーの名を名乗れよ! そうすれば、無敵だ。この世の魔法は、全てお前の手の内だ! ―


 もう、気づいてはいかがですか。


 ベルベットの声が、耳から離れない。そう、俺はもう気づくべきなんだ。


 自分がこの支配された世界で、

 今、何を成すべきなのかを。



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