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スペルドキャッスルの雪宴  作者: RIKO(リコ)
第四章 崩壊寸前、ジオラマの国
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12.少女の願いは

 薔薇の垣根に絡まったままの瀕死の大鷲。

 悪戦苦闘の末にいばらの中から救いだすと、百合香はベルベットで包んだその体を撫ぜたり、さすったりしている。


「ううっ、可哀想な鳥さん。薔薇の棘が刺さって血だらけじゃないの。こんな酷いことをするなんて白魔女って、ケダモノにも劣る奴!」


 百合香は何らかのリアクションを期待して、くるりとマウザーの方を振り返った。けれども、小柄な魔法使いは仏頂面をして、使い古された英語教本をぱらぱらと捲っているだけなのだ。


 何よ、私がこんなに頑張ってんのに……もう少し、気にかけてくれてもいいと思うのに。


 気持ちがぷつんと途切れる。その瞬間、百合香ははっと手元の大鷲に目をやった。


 何やってんのよ、私! 今はそんなことより、この鳥を助けてやる方が先でしょ。

 このままじゃ痛々しすぎると、百合香は大鷲に刺さった薔薇の棘を恐る恐る抜いてやる。……と、手についた鳥の血がひりひりと染みて、思わず手を引っ込めてしまった。


 それを見ていたマウザーが、ようやく口を開いた。


「ほぅら、言わんこっちゃない。その大鷲の体の中は、血も肉ももう白魔女の毒まみれだ。ベルベットごときの魔法じゃ、救うことなんてできやしない」

「毒まみれって……酷い。そんな目に遭わせられるなんて、この鳥さんが何をしたって言うの! そんなの可哀想すぎる」

「そいつが何をしたかって? あー、それを今更、俺に聞くか……それは、歯の浮きそうな台詞だったり、流し目だったり……多分、騙された女は数知れぬだ。白魔女にもロクなことをしてないだろうから、そいつを助けるなんて愚の極み。俺的には、今からでもそんな奴は捨てちまっても構わないんだけど」

「流し目……って、この鳥が?」


 きょとんと目を瞬かせて首を傾げた少女。その表情が可愛くて、マウザーは小さく笑みを浮べた。


 ユリカの心が在る場所が俺には未だに分からない。泣いてたかと思うと、突然怒りだしたり、笑ったり、掴みどころのない振る舞いに、いつも引っ掻き回されてばかりだ。けど、この娘が人を想ったり心配したりする気持ちには嘘や偽りはないんだよな。ただ、男を見る目がないっていうのは、どうしたもんだろ。


 ……と、その時、


「ダメあぁ! その鳥を捨てるだなんて、この僕が許さないぞ!!」


 甲高いボーイソプラノの声が後から響いてきたのだ。

 勘の良いマウザーは、その瞬間に盛大に眉をしかめた。後ろを振り向かずとも、それが誰なのかがすぐに分かったからだ。


 あの図書館の英米文学の書棚ルートからこちらへ来たのか。しかし、こんな一番ややこしいタイミングで、現れることはないだろ。


 次にくる騒動に備えて心を整えろ、俺。



  ― 創造主 相良京志郎 ―



 白魔女の天敵の魔法大皇帝マジックエンペラーが、ついに、()()()()()に降臨してきやがった。


 さらさらの茶色がかったボブヘア―。図書館員の制服のソムリエっぽい黒のロングエプロンとバスケットシューズ。色白で艶やかな肌と、少し憂いを含んだ黒い瞳。

 マウザーにとっての唯一の救いは、京志郎のサイズが、北の皇宮をぶっ潰した時の150倍スケールではなく、普通の少年の大きさだったということなのだが……。


「あーっ、京ちゃんだぁっ。しかも、普通サイズの! あんたまで、こっちの世界に来ちゃったの!? でもっ、この鳥さんを捨てると許さないって、どういうこと?」

「姉ちゃんっ、やっと会えたけど、そのふざけたコスプレ姿はいい加減に止めろよ。それより……」


 京志郎は懐から優美な装飾の短刀ダガーを取り出すと、百合香がベルベットに包んだ大鷲に向かって、やや高圧的な声をあげる。


「近衛兵長ミラージュっ、元の姿に戻れっ! お前はこの剣に僕への永遠の忠誠を誓った。ならば、そんな情けない姿を僕の前に晒すのは止めろ! 」

「えっ、ミラージュ?」


 すると、百合香が抱いた大鷲の体が鈍色に輝きだしたのだ。


 百合香が驚きの声をあげる。

 京志郎は主君としての己の声の威力に、甚く感激する。


 そして、小柄な魔法使い(マウザー)は、見る見るうちに大鷲から人の姿に戻ってゆく恋敵ライバルと、彼を抱きかかえた少女の姿を交互に見比べ、かすかな敗北感を心に抱く。


「我が君、仰せに従い、近衛兵長ミラージュ、馳せ参じ……」


 未だに白魔女の毒が抜けず、百合香に抱きかかえられたまま、弱々しく声をあげる近衛兵長。


「マウザーっ、何とかできないのっ? 前に私に言ってたわよね。その手に持った”ナイチンゲールと紅の薔薇”は強力な魔法書で、その中の呪文を使えば、()()()()()()()、すごい魔法が使えるんだって」


 涙ながらに、訴えてくる少女。


「え……、でも、この中の呪文はほとんど使っちまって、これ以上使うと、文字が全部、消えてしまいそうで」

「消えてしまったっていいじゃないの! 残りの文字を全部、魔法の呪文に変えても、ミラージュを助けてあげて。私の一生のお願いよ!」


 その言葉に、マウザーは泣きたいような気分になってしまった。


 ”ナイチンゲールと紅の薔薇”の最後の文字は、百合香と俺のために、とっておこうと思っていたのに……な。


 ふぅと一つ大きく息を吐く。

 けれども、これが潮時かと心を決めて、


「分かった。ユリカの一生の願い。確かに聞き届けた!」


 小柄な魔法使いは、手にした魔法書を開くと、そこに残された文字のすべてを頭の中で練り直し、魔法の呪文に置き換えてゆくのだった。



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