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スペルドキャッスルの雪宴  作者: RIKO(リコ)
第四章 崩壊寸前、ジオラマの国
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11.京志郎、ジオラマの国へ閉じ込められる

「あの鳥、死んでるの……?」


 白薔薇城の外に出てきた百合香は、マウザーの背中越しに見た光景に体を強張らせた。

 薔薇の垣根に力なく両翼を広げ、絡まる蔦の棘に刺されてもぴくりともしない大鷲の姿は哀れで痛々しかった。ところが、目を凝らして見ていると、弱々しく目を開いた緑の瞳と視線が合ってしまったのだ。


 どきんと胸が鼓動を打つ。

 切ない想いがきゅんきゅんと、心を締め付ける。

 

 あれ? おかしいな。今の感じ……前にも同じことがあったような。


 恐る恐る、けれども、少しだけ頬を赤らめて、大鷲の方へ向かおうとした百合香を、マウザーが慌てて手で制した。


「ユリカ、近づくんじゃない! あの鳥からは邪悪な魔法の香りがぷんぷん臭ってくる。あんなもんに触れたが最後、体の髄まで呪われちまうぞ」

「それって、あの鳥に白魔女の呪いがかかってるってこと? でも、あの鳥、まだ、生きてるわ。あのまま、放っておくなんてできない」

「 って言いながら、お前、目が♡マークになってるぞ。俺が触るとヤバいって警告してんのに、 たかが、鳥一匹におかしな情けをかけるなよ」


 瀕死の大鷲から無意識のうちにミラージュの気配を感じ取ってしまっているユリカを見て、マウザーはもの凄く焦る。そして、ミラージュという()()()()()を作ったこの国の創造主 ― 京志郎 ― には憤りを感じた。

 俺ら、魔法の国の住民たちが京志郎が作ったお人形(フィギュア)だってことは、後でどうにかするとしても、模型ジオラマの城を護る近衛兵長にモテ属性はいらねぇだろと。


 そんなマウザーの拗ねた気持ちなど、百合香は露ほども気づかずに、


「大丈夫よ。あの鳥は、あんなに綺麗な緑の瞳をしてるし、呪いがかかってたって直接に触れなきゃ。ねっ、ベルベットっ」


 マウザーが着ていた魔法のマントを強引にひっぺがした。


「あっ、こらっ、ベルベットを勝手に使うなっ」

「だって、あの鳥を見殺しにするなんて、私は絶対に嫌! あんたと違って、ベルちゃんなら、呪いくらいは簡単に防いじゃうし」


 ― あんたと違って ―


 百合香のこの言葉は、マウザーにとっては、白魔女の毒よりも辛辣に胸に染みいってきた。


 ちぇっ、さっき、お茶してた時のいい雰囲気はどこへ行っちまったんだよ。それに、俺だって、これまで、雪だるま軍団と戦ったり、ユリカが持ってきた魔法書を解読したり、一生懸命やってきたつもりだったのに、俺に対してのユリカランキングは、()()()とか()より下なのかよ。

 しっかし、ミラージュの奴、あんな風に死に損なってても伊達男(鳥?)っていうところが、余計にムカつく。


 けどさ、このまま放っておけば、奴は確実に死ぬ。

 でも……そんなことになったら、ユリカの心は永久にあいつのモノか。


 それもどうだかなぁ。


 薔薇の蔦に絡まった大鷲を助けようと、ベルベットと一緒に四苦八苦している少女。

 マウザーは、ふぅとため息をつくと、渋々ながらもほとんどの文字が消え失せた”魔法書”をポケットの中から取り出すのだった。



*  *


― 本棚から続く、ぐにゃぐにゃしたトンネルを抜けると、そこは雪国であった ―


 なんて、言ってる場合じゃないだろ。


「ここ、どこだ?」


 京志郎は、突然、目の前に開けた景色に目をまん丸くした。

 

 彼が今、居る部屋の窓の外は白銀の世界。

 そして、ここはダイニング・キッチンのようで、シンクの上にある窓辺に置いてある小鉢からは、ハーブや薬草の良い香りがしていた。

 部屋の中央に置かれた木製のテーブルには、紅茶のカップが二つある。そして、天井にとどく程の大きさの本棚には古い英語の背表紙の本がびっしりと並べられていた。


「 この本って……僕のバイト先の図書館の地下にある英米文学の棚と同じ……だ」


 ……ってことは、僕は図書館の英米文学の棚を通って、自分が作ったジオラマの国に辿り着いたってこと? それでもって、この場所は、あの小柄な魔法使い(マウザー)の家?


 まさかまさかのことだけど、やっぱり、図書館とジオラマの国の魔法使いの家の本棚は繋がっていたんだ!

 テーブルにある紅茶のカップに触ってみると、まだほのかに温かみが残っている。ついさっきまで、誰かがここにいたのなら、それは十中八九、マウザーと姉の百合香に決まっている。

 くそぉ、僕が白魔女や近衛兵長のミラージュに、あわや暗殺されそうになっていた時に、あの二人は仲良くティータイムを楽しんでいたのかよ。


 ムカつく気分のまま、京志郎は部屋の中をもう一度、見渡してみた。すると、玄関近くにちょこんとお行儀よく収まっている、ボディが白のホーローで金の猫足のバスタブが目に入ってきた。その前面に”RINNAI”の文字が書き込まれている。


「あーっ、あれは相良家の風呂場にあったバスタブだ! ほら、見ろ。やっぱり、バスタブごと姉ちゃんは、ジオラマの国に攫われてきたんだ。シーディ改めマウザーだか何だか知らないけれど、やっぱり、あいつは信用がならない」


 耳を澄ませてみると、外から騒ぐ男女の声が聞こえてくる。


 まさか、姉ちゃんが、極悪な魔法使いに悪さをされてるんじゃないのか!


 すわ、大切な姉の一大事と、京志郎は怒り心頭で外へ飛び出していった。

 だが、次の瞬間にはその怒りは目前に広がる雪景色の中に溶けるように消えてしまった。


「うわぁ……この場所って、僕が作ったジオラマ、そのものじゃないか!」

 

 天空から降り注ぐ陽光に照らされ、宝石の欠片のごとく輝く樹氷。

 真っ白な雪を纏って、北の丘までの一本道に並列する常緑樹の並木。遠くに見える城下町の赤レンガの家々。

 そして、北の丘には、半壊しながらもまだその佇まいを残した石造りの城がそびえ立っている。


 自分自身が造った国に入り込むことができるなんて、理不尽この上ない話だが、京志郎はいたく感動してしまった。

 ただ、彼はまだ気づいてはいなかった。

 現実側の図書館と、異世界側のジオラマの国を繋げていた本棚の空間が、徐々に閉じられ、まだ、正体の知れない第3勢力 ― 謎の図書館館長 ― が百合香と京志郎をこの国へ閉じ込めようとしていたことなんて。



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