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スペルドキャッスルの雪宴  作者: RIKO(リコ)
第四章 崩壊寸前、ジオラマの国
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10.乙女の妄想

 京志郎が図書館と自宅のダイニングを右往左往していた頃、


「Change into a white rose dress!(白いドレスに替われ)」


「うわぁ、素敵! 私、また白薔薇のドレスのお姫様!」

「だろ? やっぱりユリカはのミラージュなんかの服より、そっちの方が似合ってる」


 しかし、どうしてユリカはあんな女たらしの服を着ていたんだ? いや……ダメダメ、そんなことは考えるな。

 とにかく、二人でまた我が家に戻ってきたんだから、今だけはゆっくりするぞ。



 白薔薇の城では、トレードマークの黒装束に着替えたシーディ改めマウザーと百合香が、アフタヌーンティーを楽しんでいた。


「うふ、マウザーが入れてくれたアッサムティーも美味しいけど、このお菓子がまたキャラメルコーン()があって最高! どんな魔法を使ったかは知らないけれど、改名して、あんたの魔法の腕があがったのは間違いないと思うわよ」


 キャラメルコーン? 眉をしかめながらも、魔法使いの青年は、


「お褒めにあずかり光栄と言いたいところだけど、そのお茶とお菓子が美味いのは魔法の力じゃなくって、単に俺の料理スキルが高いだけの話なんだけどな。けど、ユリカが言うように、最近の俺はユリカが持ってきた魔法書なんかに頼らなくても、どうにかやってゆけるんじゃないかって、ちょっとは思い始めてるんだ」


「私が持ってきた魔法書って、英語教本の”ナイチンゲールと紅の薔薇”のこと?」

「うん。もうほとんどの呪文を使って、中身の文字はほぼ消えちまってるけどね」


 マウザーが百合香に差し出した”英語教本”

 その古びた本の8割がたの文字は失くなり、跡には黄ばんだページが残っているだけだった。


「えーっ、大丈夫なの? もし、白魔女の手下がまた襲ってきたら(襲ってくるだろうけど)、マウザーの()()()()()だけじゃ太刀打ちできないんじゃないの」

「おい、こら。さっき、俺の魔法の腕が上がったっていったばかりの口で、”貧弱な魔法"呼ばわりはないだろ」


 えへっとお為ごかしの笑みを浮べた百合香に、マウザーは肩をすくめたが、気分を害したわけではなかった。これまでに心の中の魔法庫に貯めこんでおいた呪文が、もう少しで自由自在に取り出せそうな気がしていたから。

 ただ、彼はまだ、その魔法庫の最後の扉を開くキーワード ― 灰色猫グレイ・マウザー ― を名乗ることに畏れを抱いていた。

 その名を名乗れば、敵の総攻撃を受けることは分かっていたし、もう後戻りだってできないのだ。

 

 まだ”シーディ”だった頃の俺に、京志郎が言った言葉だって ―


『シーディっ、もし、そちらの敵と戦う覚悟があるなら、”取るに足らない者(シーディ)”なんて名は捨てて、灰色猫グレイ・マウザーの名を名乗れよ! そうすれば、無敵だ。この世の魔法は、全てお前の手の内だ!』


 そんな大それた者になったが最後、とんでもない代償を支払わされるような気がするんだ。


 部屋にある大きな書棚に向かって、ぶつぶつと呟き続けている魔法使いの青年を少女が胡散臭げに見つめている。

 その時、マウザーが突然、素っ頓狂な声をあげた。


「あれっ? そこ、ちょっと歪んでないか」


 マウザーは、書棚の奥の空間が微妙にずれているような気がして、目をこすってもう一度その場所を見直してみた。目の錯覚なのか……いや、これは……。


 書棚の奥へ手を伸ばそうとした時、


 チチチッチチチッ


「あっ、ナイチンゲールっ!」


 百合香があげた甲高い声が、彼の手を止めさせたのだ。


 突然、部屋の中に飛び込んできた小夜啼鳥ナイチンゲール。おまけに、外からも、


 ドサッ、

 屋根に積もった雪が落ちたかのような、鈍く、重く、不吉な感じがする音までが響いてきた。


「なっ、何、今の変な音っ? また、雪だるま兵が襲ってきたんじゃないのっ。マウザー、ちょっと外を見てきてよ」

「えっ、嫌だよ。俺、今、他のことで忙しい……」

「あーっ、前にこのお城で私に膝まづいて誓った、騎士ナイトの言葉をもう忘れてるっ」


「……」


 そんな風に百合香に拗ねた声を出されると、マウザーはもう何も言えなくなる。けど、"騎士(ナイト)の誓い”って何だ?

 あの時、俺は”愛しの姫”と言って、ユリカの手に口づけたことは覚えてるけど、他の言葉は何も言ってないと思うんだけど……。

 

 実際、そうなのであった。それなのに、百合香の”夢見る乙女脳”には、彼女独自の騎士ナイトの言葉が出来上がってしまっていた。


”愛する姫、この先、どんな敵が二人の愛を引き裂こうとしても、俺は命をかけて、あなたを守る!”


 膝まづき、この手を取った騎士(未来の大魔法使い)。その漆黒の瞳には、もう私以外は映らない。二人は見つめ合い、そして……



 ― それを人は妄想ロマンスと呼ぶ ― 



 ……だが、そんなことは、何も起こらず、


「あーあ、あのクソ鳥が現れると、ろくなことがないのは分かってる。せっかくのユリカと楽しい紅茶タイムを邪魔する奴は、白魔女に雪の結晶にでも変えられてしまえ……うん? えっ、あれって、まさか…」


 妄想から現実に戻ってきた百合香にせっつかれ、渋々、外に出てきたマウザーは、壊れた城の薔薇の垣根に落ちた巨大な鳥の萎えた姿に、はっと表情を変えた。


「大鷲? 血まみれだ。死んでんのか」


 嫌な感じだ……あの鷲からは邪悪な魔法の香りがぷんぷんと流れてくる。

 おまけにさ、俺、あいつをよく知ってるぞ。あれは、不承不承に白魔女の手下になりさがった俺の天敵の……

 そうであっても、奴のこんな姿はユリカには見せたくなかったのに。マウザーは眉を盛大にしかめて、その名を口にした。


「近衛兵長ミラージュ」

 


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