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スペルドキャッスルの雪宴  作者: RIKO(リコ)
第四章 崩壊寸前、ジオラマの国
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9. 行くしかない場所

 今の今まで姿を現さなかったこの図書館の館長が、僕たちの自宅のダイニングにいるって?


 2階にある”開かずの館長室”の扉が開いている。しかも、図書館の1階の扉までもが開き、隣接した自宅のダイニングから明かりが漏れている。

 正直言って、白魔女といい、未知のモノに遭遇するとろくなことがないのは分かっていたし、ダイニングに行って館長の正体を見極めるのはかなり怖い。でも、今を逃すと永久に、そんな機会はこないような気がする。


 京志郎はそろりそろりと足音を忍ばせて、明かりのついた方向へ向かって行くのだった。


*  *


「誰もいない……のか」

 

 ダイニングに人の気配はなかった。

 そこは、大地震で壊れてあちこちでコンクリがむき出しになってしまっていた。


 僕の思い違いだったのか。


 京志郎は眉をひそめた。自宅も図書館も出入り口が瓦礫で塞がれて、使えるのは、今、通ってきた二つの建物を繋ぐ扉だけだ。もし館長室にいた誰かがここに入って来たとしても、外に出ることは絶対にできない。

 

 それにしても、地震があった時からどのくらいの時間が経ったんだ? 時計も壊れているし、消防車とかレスキュー隊員が助けにきている様子もないし。

 

 その時、


 ”ピーピーピ~”


「えっ?」


 冷蔵庫から流れてきた音に京志郎はびくんと体を縮こませた。ドアの開けっ放し防止のために鳴る電子音? ってことは、やっぱり、誰かがここにいたってこと?

 警戒をゆるめるなと思いながら、冷蔵庫に近づいてみる。

 ……と、


「あっ!」


 強い木枯らしみたいな風が、耳元をすり抜けていったのだ。吹き上げられた前髪が目に入って痛い。

 何だよ、今の。目をこすりながら、冷蔵庫の中を覗いてみた京志郎は、()()()()に愕然としてしまった。


 ()()のだ。姉の百合香が、”最後の1つは絶対に食べないでね!”と、厳命を下していた期間限定アイスの”()()()()()()()()()()()()()()”が。


 くそっ、やっぱり、誰かがダイニングいたんだ。それもついさっきまで。どうやって姿をくらましたのかは分からないが、姉ちゃんの大好物を持ってゆくなんて、命知らず……もとい、何て()()()なんだ!


 こうしてはいられない。館長室が閉まらないうちに、そいつの外見だけでも確かめておかねば。


 踵を返すと、京志郎は図書館の方へ戻っていった。1階の受付カウンターからも見える螺旋階段の上 ― 2階の館長室 ― の扉はまだ開いている。だが、螺旋階段を駆け上がってゆくと……部屋の中には誰もいなかった。ただ、冷蔵庫にあったはずの”ウルトラカップ紅茶クッキー味”の食べ残しの容器と蓋とアイス用の紙スプーンだけが、勉強机の上に残されていた。


「くそっ、これ、絶対に僕のことをからかってやがる」


 階下から、がたんがたんと、何かを移動させるような音が響いてくる。ずりずりと引きずる音。ドサッと落ちる音。

 ぎょっと京志郎は、目を見開いた。


 この音? 今度は下? ……まさかっ、()の現在地は図書館の地下か? もしかしたら、奴の目的は僕のジオラマっ?


 館長=敵。脳内でその構図がすっかり出来上がってしまった京志郎は、図書館の地下へと螺旋階段を駆け下りていった。

 ……が、そこにも、


 誰もいない。


「くそぉ、くそぉっ、ふざけやがって」


 地団駄じだんだを踏みたい気分になって、その代わりに京志郎はジオラマの木枠を拳で何度も叩く。

 繰り返される珍事や、奇妙な訪問者たち。それに、たった一人で閉じ込められた封鎖空間。


 ここにいると、頭がおかしくなってしまいそうだ。僕はここから出たい! 誰か、この理不尽な出来事をきちんと説明してくれよ!


 まんじりとした想いが消えない。京志郎は辺りをもう一度ぐるりと見渡してみた。

 閉架用の書棚から本が下に落ちている。【英米文学】の稀覯書きこうしょや児童書が置いてある棚からだ。図書館の1階で聞いた物音は、それらの本が下に落ちた音だったのだろうか。


 ちょっと待てよ。【英米文学】の書棚?


 すると突然、京志郎の脳裏に、小柄な魔法使い(シーディ)と初めて出会った時の会話が蘇ってきたのだ。

 


― この図書館の地下の【英米文学】の書棚にある本はすべてが()()()だ。そして、この本棚と、魔法の国にある俺の家の本棚は繋がっているぞ。灰色猫グレイ・マウザーはここから持ち出した魔法書を使って、魔法の国を自分の理想の国に変えようとしていたんだ ―



 ここの本棚が、()()()()使()()の家の本棚と繋がっているとしたら、この本棚を通れば、もしかしたら、僕も姉ちゃんたちがいる世界に行けるんじゃないのか。


 京志郎は本が落ちて空になった【英米文学】の書棚を登りだした。手を書棚の奥に伸ばしてみると、あるはずのない空間に手を吸い込まれた。驚いてすぐさま手を引っ込めたが、冷えた風がまとわりつくような感触だけが指先に残っていた。


 ううっ、やっぱり、この先には何かある~。でもさ、これ、大丈夫かな。


 一瞬、戸惑う。それでも、着ていた黒エプロンをたくし上げた少年は、


「いや、もう、行くっきゃないだろ!」


 一世一代の覚悟を決めて、混沌な空間へ飛び込んでいった。




                 挿絵(By みてみん)

 扉絵と京志郎


 

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