8. 書き直された第8話
白魔女の指が京志郎の首に食い込んできた。
京志郎は逃れようと手足をバタバタと動かしたが、身長165cmの少年が、身長2mの怪女に勝てるわけがないのだ。それは、網にかかった蝶々の羽ばたきにすぎない。
白魔女は少年を嘲笑う。
「くくくっ、この場所では魔法は使えぬが、この我が直々に、貴様の息の根を止めてやるのだ。光栄に思えよ」
「ううっ、息ができない。ジオラマを作ってただけの僕が、どうして、こんな酷い目に遭わないといけないんだよ!」
「うふふふ。甘美、甘美」
抵抗できない小動物をいたぶりながら殺す。その断末魔の声を聞くのは白魔女の大好物で、知らず知らずのうちに、生唾が口の中に溢れてくる。待てよ。このまま、一気に殺すより、もう少し虐めてからにした方が楽しいかもしれない。
……が、その時、
”させるかっ! ”
「ぎゃあっ!」
”今際の際にあったとしても、俺は俺の主君を守る!”
京志郎に”忠誠の誓い”をたてたばかりの瀕死の大鷲が、白魔女の片眼に鋭い手爪を食い込ませてきたのだ。
「おのれっ、近衛兵長ミラージュかっ、諦めの悪い奴っ!!」
白魔女は顔面から眼球ごとめりりと大鷲を引き剥がすと、それを京志郎が作ったジオラマの中に力まかせに投げ入れた。
チチチチッ
その後を大慌てで小さな鳥が追ってゆく。怯えて図書館の屋根の桟に隠れていたナイチンゲールだった。
片眼を抑えて蹲る白魔女の頭をぴょこんと飛び越え、ナイチンゲールは、甲高い声で素っ頓狂な歌を歌った。
誰が主役で、誰が脇役?
ねじれねじれた物語
あちらもこちらも、もう目茶苦茶
「その癇に障る歌を止めろっ! 捕まえて、その嘴をもぎ取ってやるわ!」
だが、叫ぶ白魔女の背後では、ミラージュから捧げられた短剣を握りしめた京志郎が、その背に向けて刃を振り下ろさんとしていた。
そして……結末は……?
― 身長165cmの京志郎が、2mの白魔女に、勝てるわけがないでしょう ―
京志郎が振り下ろした短剣を軽くなぎ払った白魔女は、彼の首を再び握りしめて憎々しげな声をあげた。
「部下が馬鹿なら、主君も馬鹿。そんな非力な短剣で我を貫けると思うのか。遊びはもう終わりだ。目障りな奴らも国ももう我が全部消してやる。我も歌を歌うのだよ。滅びの歌を。いざ聞け! この世の終末を彩る最後の曲を! そして、知れ、その跡に我が創る新たな国を!」
白魔女が歌う歌は、”滅びの歌”と相場が決まっている。
図書館の英米文学の棚から初代グレイ・マウザーが間違って召喚したのは『ナルニア国物語』の白魔女。その魔女の歌った滅びの歌で、一つの国が滅び、この世のすべてが消えてしまったのだから。
ダメだぁ、それだけは! お願いだ。誰か何とかしてくれよ!
それは京志郎があげた心の叫び。
その時、
ぷつんと音声が途切れた。
そして ―
白魔女の姿が京志郎の目の前から、忽然と消えた。
― あ~、これはボツ。ここで、滅びの歌はないでしょ。はいはい、書き直し ―
― 文字数、80,498で、大脱線だよ。これ、ヤバっ ―
はい。やり直し。
「は? 何だ、今の声は?」
図書館の中に、たった一人、残された京志郎は、不意に聞こえてきた妙な声に首を傾げる。
どこから聞こえてきたんだ? この世とはかけ離れた世界からのような……あの音と声は。
首がもの凄く痛い。白魔女に締められた時の息苦しさは、まだ、喉元に残っている。ミラージュが吐いた血の跡だってフローリングの床に落ちている。
だ・か・ら、これは、僕が見ている悪夢ってわけじゃない。
現実なんだ。
けど……僕らの世界を操っている奴が、どこか他にいる!
耳を澄ませてみると、パタパタを床の上を歩くような音が聞こえてくる。
「図書館の1階かっ。くそぉっ、僕が正体をつきとめてやるっ!」
京志郎は図書館の地下から1階に続く螺旋階段を駆け上がっていった。1階フロアから見上げてみると、さらに上に続く2階の”開かずの館長室”の扉が開いている。
「部屋から明かりが漏れてる。あの館長室から誰かが出てきた……のか? 」
よくよく見てみると、図書館と繋がっている百合香と京志郎の自宅ダイニングにも明かりがついている。
胸の鼓動が止まらない。なぜなら、京志郎には分かってしまったから。今の今まで謎だった、この図書館の館長の今の居場所が。




