7.京志郎、大ピンチ
京志郎がいる図書館の地下。
「ひ弱な少年を殺るのは気がひけるが、白魔女に氷柱の塔に変えられた近衛兵たちも然り、あの女に逆らえば誰も生きてはおられない。だが、俺はまだ死ぬわけにはゆかない! 守りたい人がいる」
Tシャツの襟もとに、ミラージュが突き付けた短剣。
「お覚悟を」
凄みと決意のこもった声がヤバい。……と思った瞬間に、京志郎の首に鋭い痛みが走り、鮮血が一筋、流れ落ちた。
”うわっ、ダメだっ、ここで黙ってたら、ファンタジーミステリ図書館暗殺事件(犯人:自作フィギュア)の被害者になってしまう!”
「ちょ、ちょっと待ったぁっ!! そ、その氷柱にされた近衛兵っ、僕なら生き返らせることが出来る!!」
「……どういうことだ」
怪訝な顔をして、斬首の手を止めた近衛兵長ミラージュ。ここが勝負の分かれ目かもしれないと、京志郎は出来うる限りの独裁者的な声をあげ、
「近衛兵長ミラージュ! お前に問う。お前たちの国を作り上げたのは誰だ! 彼の国の真の支配者は誰だ!全知全能の神にも似た存在は誰だったのだ! その名を忘れたとは言わせないぞ。ほら、言ってみろ。ほらっ!!」
「うっ……それは……」
「それはっ?」
「魔法大皇帝……か」
「ご名答! それが僕だ! 子供の成りをしていても、僕はいわば創造主。お前たちの国の土台にハイグレードな芝を貼り、緑の並木を作り、北の丘には最強の石造りの城も建てた。城下町と城の間には、ちゃんと橋も架けてやった。あと、全体のデザインもこだわって、中世のイギリス風にしたのはネットでも高評価をもらったし、極めつけは城を護る近衛兵の一人一人を丁寧に塗装したことだ。特にミラージュっ、お前をかっこ良くしてやったのは、僕なんだから、感謝しろ!」
「……」
今ひとつ、理解し難く、首を傾げるミラージュ。だが、京志郎はここぞとばかりに、言葉を続ける。
「簡潔に言ってやる。マジックエンペラーに出来ないことは何もないっ! お前の仲間を蘇らせることだってだ。ただ……」
「ただ……、何だ?」
京志郎はミラージュが短剣を握る力を緩めたことに気づくと、小さくほくそえんで言った。
「さすがに、殺されちゃ、なぁんにもできないけどね」
* * *
数十分後、
「……で、貴様はいったい何をしているんだ」
図書館の地下の隅にあったダンボールから、京志郎が、ごそごそと取り出した2cmほどの小さなフィギュアたち。もともとはミニチュアゲームを楽しむための予備用のフィギュアだったが、グレーの基本色だったそれらに、手慣れた筆さばきで彩色し始めた少年をミラージュは訝しげに見つめている。
「まぁ、黙って見てろって。本当はもっと凝りたいけど、今は時短で仕上げてるから、それはなしだ。でもさ、近衛兵の隊服はみんな同じだから、少しばかりの変化は欲しいよね」
京志郎の手によって、あれよあれよという間に、近衛兵の姿に彩色されてゆくフィギュアたち。
もしや、あれは、村はずれに住むバッシュフルか?
そして、あれは川向うのスニージー。
丘の麓のドービー……橋の袂のグランピーも……
近衛兵といっても、彼らは城下町周辺に家を持つ通い兵だ。
家族を残したまま白魔女の魔法で氷柱の塔に变化させられ、命を失ったと思っていた部下たちの姿が目の前で再現されてゆく。体長2センチほどの小さなフィギュアだったとしても、近衛兵長として彼らを率いていたミラージュには、一人一人の特徴は具に見てとれた。
ああ、彼らだ……
そうか、やっと俺は理解した。俺たちはこの場所で魔法大皇帝に作り出されて、そして、命を与えられたのか。
人形といえども、再会の喜びで目頭が熱くなる。
俺たちは不滅だ。この偉大な大皇帝の下にいる限り。
そんな近衛兵長には目もくれずに、京志郎は塗り終えたフィギュアをジオラマの城下町の中へいそいそと並べだした。
「さっきは頭に血がのぼって、北の城は壊してしまったけれど、城下町が無事で良かったよ。やっぱりジオラマ作りっていいよな~。また、作りなおそうかな~。それはそうと、近衛兵長ミラージュ……んっ? お前、何やってんの?」
後ろを振り返った京志郎は、きょとんと目を瞬かせた。何故なら、目前に両膝をついたミラージュが、敬愛の眼差しでこちらを見上げていたからだ。
思わず後ずさった京志郎に、ミラージュは膝まづいたまま、鞘にしまった短剣を捧げ上げ言う。
「我が国の創造者であり、支配者である魔法大皇帝国! 我は貴殿に対して無条件の忠誠を尽くすとともに、いかなる敵の襲来にも貴殿と我が国を守り抜く覚悟で挑む。我が身命を賭して! この剣に誓って!」
「えええっ、ちょっと、待ってくれよ」
京志郎は焦ってしまった。おかしな展開になってきたぞ。僕が好きなのは、ミニチュアゲームで、別にリアルな敵と戦いたいわけじゃないんだけど。
ど、どうしよう? けど、こういう場合はとりあえず、捧げてくれた剣を受け取っとけば、いいのかな……。
イケメンの近衛兵長の真剣な眼差しを無視するわけにもゆかず、京志郎は戸惑いながらも、ミラージュが捧げあげた剣に手を伸ばす。
……が、
「ぐあっ!!」
「ミラージュっ……!!」
盛大に口から血を噴き上げて、前に倒れ込んだ近衛兵長。それに驚く間もなく、首元を強い力で締め上げられた京志郎は、息の出来ない苦しさに喘ぎ声をあげた。
「ぐうっ、誰……だ」
薄氷ような冷感を放つケープを纏い、全身を雪で塗り固めたような白いドレス姿の白魔女。優に2mを超える身長の婦人が京志郎の後ろに立って、彼の首を強い力で締めていた。口元に歪んだ微笑を浮かべながら、白魔女は言った。
「危ない、危ない。あやうく、魔法大皇帝とミラージュの結託を見逃すところだった。だが、愚かな近衛兵長はその体に我の毒が常に備蓄されていたことを忘れていたようだな。我が逆流させてやった猛毒でその男は間もなく死ぬ。そして、我の最大の敵も……」
― 我自らの手で闇へ葬ってやる ―
残酷な台詞を言い放った白魔女は、高笑いをあげながら、京志郎の首にかけた手の力をいっそう強めてゆくのだった。




