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スペルドキャッスルの雪宴  作者: RIKO(リコ)
第四章 崩壊寸前、ジオラマの国
38/85

6.戦うことより愛すること(挿絵あり)

  気に入らない()()()ジオラマを叩き壊す。

 それのどこがいけないんだよ。

 遠くのホビー専門店まで電車を乗り継いで行き、意中の材料を購入し、城のデザインを細部まで考え、組み立て、塗装し、乾かし、配置する。製作期間は半年以上だ。金もけっこうかかってる。


 渾身の力作を誰かに乗っ取られて勝手に作り変えらてんだぞ。そんなのに我慢なんてできるかいっ!


 京志郎の怒りの一撃が、ジオラマの城下町の上に振り下ろされた。

 ……が、


 ガサッ ガサッ ガサッ!


「えっ? 」


 何だ、この紙ごみに手をつっ込んだみたいなザワザワした感触は?

 それに、ジオラマの屋根の上に広がってきた白いもやは霧か? これじゃ、城下町の様子がまるで見えない。


 白霧の正体は、シーディ改め”マウザー”が呪文を練り上げて作った純白の防壁。その素材は、彼が百合香の英語教本の中からword(単語)を拾い上げた白い薔薇だ。


 そんな魔法が使われていることを京志郎は知る由もなかったのだが。


「ああっ、くそっ、くそっ、イラつくっ!」


 何度繰り返しても、握ったトンカチは白霧に遮られて止まってしまう。その時、振り下ろしたトンカチの根先から大量の白い花びらが吹き上がってきた。


 ― 私たち、100年ぶりに召喚されたのに、出番が『白薔薇城の戦い』以来なんて、随分、見くびられたものね ―


 甘く華やかでほんのりスパイシーな香りが図書館中に広がった。それとともに、伸び上がってきた緑の蔓。

 白薔薇たちは、文句たらたらながらも、蔓を捻じらせ、京志郎の手をガッチリ捕らえると、チクリチクリと手首に棘をたてる。


「痛っ痛っ! おい、止めろっ」


 同時に、視界を遮る黒い影が京志郎の鼻先をかすめていった。激しい風圧と白薔薇の棘の痛さに気圧されて、京志郎はトンカチを下に落として、ジオラマから後ずさる。


「な、何だよっ、次から次へと……」


 その時、背後から首に回された太い腕。そして、響いてきた低音の声。


「突然、無礼(つかまつ)る。だが、貴殿のその少年風の容貌、声……魔法大皇帝マジックエンペラーとお見受けするが、それでよろしいか」


 耳元で聞こえた台詞がやけに殺気立っている。


「ぐっ、お、前、誰? 苦しいんだけど」

「近衛兵長ミラージュ」

「こ、近衛兵長ぉ? も、もしかして、北の城を守ってる兵隊の? あの()()()な?」

「いかにも」


 うわぁ、今度は姉ちゃん一押しのフィギュアの隊長が出てきやがった。本当に、あんなジオラマなんて、作るんじゃなかった。今、僕は心の底からそう思う!


 脳裏にひしひしと伝わってくる危険信号。これはまずいと、京志郎はおずおずとミラージュの問いに答えてみた。


「……で、も、もし、僕がそのマジックエンペラーだとしたら?」


 答えは聞かずもがなだった。


「死んでもらう」


 直後に、首筋に感じた鋭利な短剣ダガーの刃。京志郎は、目眩がしてしまった。


 こんな馬鹿げた話があってたまるか。僕は殺されるんだってさ。それも……自分が作ったフィギュアの兵隊にだよ!


どこかで、鳥が鳴いている。あああ、あの鳥だ。



 ― ナイチンゲール ―



クソ鳥っ、お前のすることは、余計なことばかりじゃないか!



*  *  *


「シーデ……違った。ねぇ、マウザー、京ちゃん、大丈夫なのかな」


 百合香は顔を曇らせた。突然、攻撃の手を引いてしまった京志郎。この静寂は嵐の前の静けさのようで、かえって不安な気持ちになってしまう。

 

 空に広がっていた白薔薇の防壁は魔法の力が萎えてきたのか、徐々に崩れ始めている。ところどころに開いた隙間からは、今は、()()()()の姿は見えない。


「随分、怒ってたけど、京志郎も頭が冷えたんじゃねぇの。けど、あの様子じゃ、いつ何時、暴れだすか分かったもんじゃない。一度、きちんと話をつけないとな」

「話をつける? マウザーと京ちゃんが?」

「まぁ、それはもう少し作戦を練り直してからだ。ってことで、俺の魔法もそろそろ時間切れのようだし、一度、家に戻りたいんだけど」

「家?」

「そう、俺がユリカのために、こしらえた、とっておきの場所。()()()()へ」


 空で防壁を作っていた白薔薇たちが魔力を失い、風に押し戻されて落ちてくる。

 幾千もの白い花弁がくるくると舞い落ちてくる様は、雪の舞踏を見ているようで、目を見張る美しさだった。

 小柄な魔法使いと少女を乗せた灰色翼の白鹿が、南の森に向けて飛んでゆく。

 そんな平和な風景は、一時の休憩時間ブレイクタイム。そうと分かっていても、二人はついほっこりした気分になってしまう。


「ねぇ、ねぇ、白薔薇城に戻るなら、私、また、マウザーの入れた紅茶が飲みたいわ」

「まかしとけ。まだ缶を開けていない最高に美味いアッサムティーがあったはずだから」


 白薔薇城のバルコニーは、ミラージュが率いる雪だるま軍団と戦った時に壊れてしまったが、一階のダイニングは無事だと思うし、ユリカと美味しい紅茶で一休みっていうのはいいな。

 白魔女との戦いはまだ続いている。京志郎のことだって、何も解決なんてしちゃいない。

 けれども、マウザーと名乗りをあげたとたんに力が強くなった気がしてるんだ。ユリカにも、これからは一皮剥けたところを見せれるんじゃないかな。


 取るに足らない者(シーディ)の名を捨てた魔法使いは、未来の自分自身の姿を妄想し、ちょっと嬉しい気分になった。


 よし、白薔薇城に戻ったら、もう一度、魔法書を読みあさるぞ。

 そして、ユリカに告白……おぉ、それってすごく心が踊らないか。


 この時のマウザーの心の中を占めていた想いは、戦うことより愛することばかり。

 浮かれた心には、すでに崩壊している北側の城や、不気味に聳え立つ氷柱の塔は目に入らない。

 そうこうするうちに、白薔薇城が見えてきた。

 

 一方、図書館の中で近衛兵長ミラージュに襲われ、未来の展望どころか、命が風前の灯火になってしまっている京志郎は……。



        挿絵(By みてみん)

 *左からマウザー、百合香、京志郎、ミラージュ



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