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スペルドキャッスルの雪宴  作者: RIKO(リコ)
第三章 あちらとこちらと、この世界
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10.目覚めの一撃

 百合香は夢の中にいた。

 ベルベットが気を利かせて変化してくれたおかげで、上掛け布団の肌触りはふわりと柔らかく、ベッドのマットレスの硬さがかえって程よい寝心地を作り出していた。


 ジオラマの国とか、魔法使いとか、雪だるまとか……ややっこしいことはもう全部忘れて、このまま、ずうっと寝ていたいなぁ。


……が、


あれっ、誰かが歌ってる? すごく綺麗で心に響く……声。


夢の中にまで入り込んできた艶のある歌声が、少女の眠りを妨げたのだ。 



― here at last is a true lover,

 (真実の恋をしている君)


 night after ,I have sung about it,and tokd the story without knowing it, to the stars.

 (幾千の夜、真実の恋を知らずに、ぼくは、その歌を星々に伝えてきた)


 it's hair is dark like hyacinthe blossom, lips are as red as the rose.

(ヒヤシンスの花のごとく濃い色の髪。赤い薔薇の花のような唇)


 now it is real ―

 (ああ、ぼくはやっと君に出会えた)



 それは、多少改編されていたが、百合香の学校の”英語教本” ― ナイチンゲールと紅の薔薇 ―の一節。

 京志郎に和訳の課題を丸投げにしてサボっていた百合香には、歌詞の意味はよく分からない。けれども、耳元で囁くような歌声は、()()()()()乙女心の扉を否応なしにノックした。


 がばっと飛び起きた百合香は、足元に掛かった灰汁色あくいろのマントに目を向け、首を傾げる。


「あれっ……ベルベットが元の姿に戻ってる?」


 その時、壁の向こうから、ぽちゃぽちゃと弾むような水音と、ぶつぶつと呟くような声が聞こえてきたのだ。百合香はベッドから下りると、おそるおそる音が聞こえる方へ向かった。


 隣の部屋に誰かいるわ。


 もっとよく声を聞き取ろうと、部屋の壁に耳をつけてみる。

 すると、


 ― 俺……頭が痛くなってきた。けどさ、よく分かったことが1つだけある……初代の灰色猫グレイ・マウザーの切実な想い。この国を変えたいって心から願っていた気持ちがさ! ―


 聞き覚えのある声が壁の向こうから聞こえてきたのだ。そのとたんに、少女の表情がぱっと明るく輝いた。

 この声は……


小柄だけれども、晴れた夜の星のように輝く目をした”魔法使い” !


 百合香はたまらずに声をあげた。


「シーディっ、そっちにいるの?! 私はここ! ここにいるわ!」



*  *


「ん? リンナイ、今、何か言ったか?」


 小柄な魔法使いは、ぴくりと眉を動かすと、彼が浸かっているバスタブに向かって問いかけた。

 耳を澄ませてみると、隣の部屋がとても騒がしい。

 

 いけねぇ、バスタイムの快適さにかまけて、泡ぶろを堪能したり、歌ったり、今の自分は敵の城の地下牢に閉じ込められているのを忘れてしまっていた。


 気を引き締めろ、俺。と、まだ使えそうな呪文を探しておこうと、手元に浮かせた魔法書 ”ナイチンゲールと紅の薔薇” に目を落としてみる。


「ヤバっ、調子に乗って歌っちまったページから、文字がごっそり消え失せてる」


”ナイチンゲールと紅の薔薇”の本の中の文字はすべてが魔法の力を帯びている。けれども、それらは使った端から消えてしまうことをシーディは忘れてしまっていた。 


 その時だった。


「シーディの馬鹿ぁっ! 私はここにいるって言ってんのに、どうして助けてくれないのよっ!!」


 自分を名指しで非難する声。ぎょっとシーディが目を見開いたとたんに、大轟音が響き、隣の部屋と地下牢を隔てた白壁ががらがらと崩れ落ちたのだ。

 もうもうと舞い上がった白煙は、バスタブから立ち上る平和な湯煙とは違って酷く殺気立っている。

 それもそのはず、白煙の中から息せき切って現れ、今、シーディの目の前で仁王立ちしている少女の手には、全長にして5~6mの”一本(むち)”が握られていたのだから。


「あ……れ? ユリカ? もしや、今、そこの壁を破壊したのって、お前? でもって、その手に持っている強そうな鞭は……もしかして……ベルベット?」


 一本鞭の長いボディは細かな灰色革グレイラバーでマクラメ状に編み込まれ、グリップには、白い薔薇が一輪、あしらわれている。優美だけれどもみなぎる力。それって、あのオシャレ気質の魔法のマントの変化した姿に決まってる。


 ……で、背筋に感じるこのビリビリした刺激は、目の前にいるユリカが醸し出してる怒りの感情ってわけで……


 ヤベぇ、()()()は、本当にみんな強くなっちまってる。


 シーディはちょっとばつの悪い顔をしたが、

 

「ユリカ、あのさ……」

「何よっ」


 バスタブの白泡シャボンの中に、わざとらしく首まで浸かってから、シーディは言った。


「男性のバスタイム中に壁をぶち壊して侵入してくるなんて、ユリカって……痴漢……もとい、()()……」


 よくよく見れば、視線の先の彼はハダカ。


「ひやぁあ! 何であんたは、敵の城の中でのんびりバスタイムなんてやってんのよ! 今はそんな場合じゃないでしょうが!」


 顔を真っ赤に染めたユリカが、苦し紛れに振るった鞭の一振りを頭上ぎりぎりでかわす。

 小柄な魔法使いは、身の置き場に困った様子のお姫様を見て、けたけたと笑った。

 ……が、心の内では、こんな風に遊ぶのももう終わりかと、最終決戦の始まりの予感をひしひしと感じていた。



 ユリカは無事だったし、ベルベットとリンナイの魔法力は今や、最高潮。


 あとは俺が覚悟を決めるだけなのか……と。



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