7.ラスボス登場
皇宮から反撃してきた黒霧に包まれ、シーディは焦りに焦っていた。反撃といっても、こちらから攻撃した覚えは、自分では全くなかったのだけれど。
「だ・か・ら、俺は派手な戦いは嫌だし、勝手に流星が隕石になって皇宮の屋根に飛びこんでいったんだ!あれは、俺の仕業じゃないっ」
黒霧の中は、 右も左も上も下も斜めも横も、光と呼べるものは何も見えない。その上、湿気のあるねばねばとした触手がチクチクと肌を刺し、体中を撫でまわしてくる。
どうにか、それを振り払おうと手や足を動かしても、感触はなく、まるで虚空を浮遊している気分だ。
おまけに、
「あっ、こらっ、変なところを触るなっ」
この闇は、破廉恥極まりない。おまけに刺された箇所が熱を持ち、頭がくらくらする。何だか吐き気もしてきた。
「ううっ、くそっ、おえええっ」
白鹿に変化しているリンナイの首にしがみつき、シーディは嘔吐く。
違うんだ。俺が望んでるのは、こんな情けない”俺”じゃなくて……
図書館で聞いた京志郎の声が脳裏を巡る。
― 灰色猫を名乗れよ。そしたら、お前は最強なのに ―
この胸のつかえは、黒霧の毒気のせいだけじゃない。
分かってる。分かってるんだけど、まだ、俺の内側で何かが蟠っている……。
とうとう、シーディは、我慢できずにリンナイの背から地面に落ちてしまった。
* *
「ふん、似非魔法使いが。この不落の城を攻めようなんて、身分不相応なことをするからだ」
ここに蔓延る黒霧は大人の姿をとれぬ黒魔女の欲求不満の塊だ。免疫のある俺でさえ手に負えないものを、あんなちっぽけな奴に耐えきれるものか。
丘の上にある皇宮の門から眼下に蠢く一面の闇。
隕石襲撃時の轟音と砂煙は今はどこへやら、静寂が支配しはじめた空間から敵が呻く蚊の鳴くような声が聞こえてくる。
その声がぱたりと途絶えた。
「やれやれ、部下の近衛兵たちは夜明けにならないと戻らないし、あいつの屍を回収するのは俺の役目か」
けだるい足取りで、近衛兵長ミラージュは皇宮の門を出た。
……が、ふと壊された皇宮の屋根に目をやった。
― 似非魔法使いが使う魔法で、空から隕石を降らせれるものなのか ―
どうも納得がゆかない。その時、
「……!?」
空から怒号のような凄まじい轟音が聞こえた。
突然、差し込む閃光。
そして、
闇が二つに裂けた!
「ぎゃぁああああっ、飛ばされるぅうううっ!! ミラージュっ、捕まえてぇええ!!」
「女王陛下!!」
裂け目から吹き込むハリケーンなみの暴風。くるくると螺旋を描きながら吹き込んでくるその風が、黒霧を吹き飛ばした。それと同時にゴスロリ姿に戻された黒魔女が、上空に吹き飛ばされてゆくのが見えた。
慌ててその方向に目を向け、ミラージュが驚愕の表情を見せる。
「な、何だ……? あれは!?」
無理もないのだ。晴れた夜空の向こうから、ひょっこりとこちらを覗き込んできた超巨大な顔(150倍スケール)を見てしまったのだから。
さらさらの茶色がかったボブヘア―
色白で艶やかな肌。少し憂いを含んだ黒い瞳。
最近、loftで買ったお気に入りの携帯扇風機を手にしながら、その巨大な顔が、丘の上に倒れた”とるに足らない魔法使い”を応援……というか……叱咤激励していた。
「こらっ、シーディっ! 負けてるじゃんか。僕が姉ちゃんをしっかり守れって言ったこと、忘れたのかよ。もっと、頑張れよ!」
その名は、相良京志郎。
もとい、この国では、最上級に畏れられている魔法大皇帝と呼ばれるラスボス的な存在。
ついに正体を現した最大の敵に、ミラージュは驚愕し身震いする。けれども、シーディの方は、
「こらぁっ、京志郎っ! こっち、来んな! お前に関わられると、ややっこしくなるって、言ってんのにっ!」
まだ、こみ上げてくる吐き気を懸命に抑えながらも、けっこう鷹飛車な態度を天上の敵に取っているのだった。




