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スペルドキャッスルの雪宴  作者: RIKO(リコ)
第三章 あちらとこちらと、この世界
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6.万策尽きるは、早すぎる

 シーディに手を取られると心がほかほかする。でも、ミラージュには見つめられただけでも心臓が飛び出しそうにドキドキする。


 私、自分の気持ちをどう整理したらいいかが分からない。


 百合香は、監禁されたミラージュの部屋で脳内大混乱に陥っていた。ドレスの裾を激しく翻らせて抗議する魔法の布(ベルベット)に向かって、申し開きを繰り返す。 


「分かってる。分かってるわ! 心配しないで、ベルベット。私は、どんな時でもシーディの味方よ。ミラージュは()! どんな事情があったとしても、今は情けを感じてる場合じゃない」


 百合香はまったく気づいていなかった。

 夜は黒魔女になぶられ、昼は白魔女の呪いで雪だるまにされる毎日に嫌気がさして、正にこの時、ミラージュが、彼女の微笑みに癒しを求めていたことなんて。


 自分の優柔不断さに反省しきりの百合香は、反撃のシナリオを心の中で思い描く。


 何はともあれ、まずはこの部屋から逃げることが先決よね。それには、ベルベットが解けるようにしてくれた縄をもう一度体に巻いて、ミラージュを油断させる。そして、あいつが私に近づいた瞬間、何かの武器でボコんと……。ん~、でも……武器?

 

 私、そんなの持ってないし。 


 きょろきょろと辺りを見渡してみる。……と、机の上にミラージュが置いたのであろう写真立てが、また目に入ってきた。


 お母さんに抱かれた幼いミラージュ。

 改めて見てみると、ミラージュのお母さんって色っぽくて、物凄い美人。それに、子供とはいえ、彼のこのとろけそうに甘えた顔ってどうよ。第一、大人になってもこんな昔の写真を後生大事に飾っているっていうのも、仰々しい。

 もしかして、ミラージュっていうのは、


 強度のマザコン?


 だが、その時、


「待たせて悪かったな。まだ、起きているか?」


 ぎいと扉が開いて、哀愁をたっぷりと帯びた顔の近衛兵長ミラージュが、お姫様ゆりかの元へ戻ってきてしまったのだ。

 百合香は慌ててベッドに突っ伏すと、そこに放り出してあった縄を体にぐるぐると巻き付ける。どうしよう? 脱出計画の武器もまだ見つけてないのに~。


 ミラージュが、軍用ブーツの踵の音を響かせて、こちらに近づいてくる。

 百合香は縛られてベッドに横たえられた姫を演じながら、上目使いで彼の姿をまじまじと見る。

 

 わわわ、相変わらずの凛々しいお方。それに、疲れた顔も憂いがあって……す・素敵。

 しかし、だがしかし! 今は惑わされてる場合じゃないのよっ。


 つぶらな茶色の瞳を何度も瞬きする百合香。それは、もらわれてきた子猫と主人が初めて対面する時のような緊張感を醸し出している。


 無垢な娘。あの濁り切った闇の中の黒魔女とは何たる違いだ。


 悪いことに、それが黒魔女にもてあそばれ、心が砂漠状態のミラージュの心にオアシスの水を流し込んでしまった。


「可愛い人。お願いだ、どうかこの運命から俺を救ってくれ!」


 いきなり、がばとミラージュに抱きつかれた百合香は、もうパニック状態だ。目を白黒させて頼りのベルベットに懇願する。


「ど、どうにかしてっ、ベルベット! 」


 するとその時、百合香が纏った魔法の布地(ベルベット)が今や最良の相棒バディとなってしまった少女の意思に真摯に反応し始めたのだ。


 眩い光を放ちながら銀の剣に変化し始めたベルベット。その切っ先は細く鋭い。刃渡り30センチほどのミゼリコルデの柄の感触を右手に感じた百合香は、

彼女にしては珍しく物凄く素早く身を起こした。

 ミラージュの背後に回り、彼の首に刃を向けると百合香は大見えを切ってみせた。


「れ、恋愛は段階的にっ。こんなシチュエーションで、私っ、乙女の純潔を失くすわけにはゆかないの~!! だ、だからっ、私をここから解放しなさいっ。さもなきゃ、ここであなたの喉を一っ突きにするわよ!」


 だが、百戦錬磨の近衛兵長は少しもたじろがない。首を少し動かすと、後目で短剣の刃を突き付ける百合香を見て、くすりと皮肉交じりの笑みを浮かる。


「ミゼリコルデ……か。なぜ、あんたがそんな剣を持っているのかは知らんが、その剣の名の意味は、重傷を負った騎士を苦しみから救うための”情けの一撃”。なるほど、今の俺にはぴったりの剣だが……段階式な恋愛がしたいんじゃなかったのか。……の割には、その姿は刺激的すぎると思うが」


 ミラージュは笑う。百合香には彼に笑われる意味が分からない。けれども、よくよく自分の今の姿を考えてみれば……


「いやぁあああ、こっち見ないで!」


 ハダカじゃん! ベルベットの馬鹿っ、何で剣になんか変化したのよっ!


 武器が欲しいと言ったからそうしたまでなのに、ベルベットにしてみたら、百合香に馬鹿呼ばわりされるのは凄く不本意だった。けれども、少し前までは彼女のドレスだった()()()()が、()に変わってしまったのだから、そりゃあ、ハダカだろうさ。


 大急ぎでベッドのシーツをひっぺがして、その中に潜り込む少女。その慌てぶりが新鮮、かつ可愛らしくて、ミラージュは高笑いをあげてしまった。

 ……が、その直後に聞こえてきた轟音にはっと意識をそちらに向ける。


「何だっ、あの音は!」


 耳をつんざくような大轟音が、頭の上から響いてきたのだ。その直後に足元が揺れて天井のパーツの一部がボロボロと、崩れて落ち始めた。一瞬にして表情を引き締めた近衛兵長は、先ほど入ってきたばかりの部屋の扉を大きく開いた。


「城外からの攻撃か?! くそっ、よりによって、他の近衛兵がいないこんな時間に」


 そして、シーツから目だけを覗かせたお姫様に向かって、「そこから動くなっ!」と命令を下して、外に出て行った。がちゃんと鍵がおろされた音が聞こえる。でも、そんな音より問題なのは、


 連発して落ちてくる上空からの大轟音だった。



*  *  *


「おいおいおいおい……、”あの流星”を追ってゆけ! とは言ったけど、”その流星”に、丘の上の城を攻撃しろなんて魔法を、俺は唱えた覚えはないぞ」


 白鹿に変化したリンナイに跨り、颯爽とお姫様の救出に乗り出したシーディは、次々に北の丘の城の塔に落ちてゆく流星の様を目の当たりにして、かなり怖気づいていた。


 夜空にあれば、”流星”と呼ばれる鮮やかに美しく輝く星の帯も、地上に落ちれば、ごつくて危険な隕石だ。


「ほら言わんこっちゃない。だから、派手なことは嫌だって、俺はいつも思ってんのに……」


 北の城の方向から、見るもおぞましい闇色の霧がこちらに向かって進撃してくる。シーディは頭を抱えたくなってしまった。



 俺、どうしたらいいんだろ。万策尽きるには、まだ、早すぎるっていうのに……。



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