4.三者三様~シーディの場合
「くそっ、 暗闇で不意打ちなんて卑怯だぞっ!」
シーディは、四方八方から対当たりを食らわせてくるミニ雪だるまに苦戦を強いられていた。
黒魔女が支配する逢魔が時。
魔法の国の空には、月も星も、闇の空に棚引く灰色の雲でさえも姿を現す気配を見せない。攻撃を避けるためにかざしたシーディの腕は、固い雪の塊にぶつかって腫れあがり、そろそろ痛覚も感じなくなってきた。
「ううっ、これはヤバい、でも、どう防げばいいんだ? 闇が晴れない限り、黒魔女の手下はどこからでも湧き上がってくるし」
白鹿に変身したリンナイ(元々はバスタブ)に跨り、颯爽と敵陣に乗り込むつもりが、自爆テロめいた体当たりをしかけてくるミニ雪だるまたちは、無謀で狂暴で、しかも可愛げもなかった。
頭の悪いこいつらには策なんてあったもんじゃない。後先なんてまるで考えずに攻撃してきやがる。
「それに、俺は自分自身にも腹が立つ!」
シーディは、心の中で己を責めた。
お前は魔法使いなんだろ? こういう時こそ、魔法を使えよと言いたいけれど。
何もいい呪文が浮かばない!
白薔薇の城でユリカを守るって誓ったのに……今頃、あの女たらしのミラージュに、悪さされてるかも知れないのに。
結局、俺は灰色猫の器じゃないんだよ。
一番肝心な時に、何の魔法も使えないだなんて。
やっぱり、俺は名前と同じ、シーディ(とるに足らない者)なんだ。
なら、どうするんだよ? あんなちっぽけなミニ雪だるまにさえ四苦八苦してんのに、”シーディ”、お前はこの場をどう乗り切るつもりだ?
小柄な魔法使いは悩みに悩む。
それでも、俺は……
「逃げるって選択肢だけは、今は選べない!」
そして、恥を承知で声をあげた。
「リンナイっ、お願いだ。何とかしてくれぇぇ!」
すると、シーディが跨った牡鹿の体が”待ってました”とばかりに白い光を放ちだした。
急速に熱を帯びだした体をぶるりと武者震いさせると、リンナイは、後ろ足二本で雪の台地に跳ね上がった。背中に小柄な魔法使いを乗せて竿立ったポーズは、さながら『アルプスを越えたナポレオン』の絵みたいだった。
シュワッ、シュワッ、シュワッッ!
24時間風呂が変化している牡鹿の両角から火傷しそうな湯気が噴出す。その湯気をばら撒きながら、リンナイは頭をぐるぐると回した。
熱風の渦、渦、渦!
襲ってくるミニ雪だるまたちは、あれよあれよという間に溶かされて消えてしまった。
「熱っ! 熱ぅっ! ま、待てよ、待てっ。俺もこんなのは堪らない」
熱風を避けるために、慌てて、シーディはリンナイの背にしがみつく。
……が、一瞬、熱さと同時に背筋に感じた寒気。
― 感じる ―
上だ! 闇の空から何かが来る。とてつもなく、巨大で不吉な黒い影が。
シーディは無意識のうちに腰の剣を引き抜き、標的に向かってジャンプした。
間髪入れずに空を斬る。
「流星刀!」
その剣さばきは鋭く速く、まさに流星のごとく闇を駆けて、敵を切り裂く。
ギャアアアアアッ!!
耳をつんざくような悲鳴。巨大な嘴でシーディの後頭部を狙っていた”敵”を、流星刀が一刀両断にした瞬間、大量の黒い羽根と暗紅色の血が空から降ってきた。
「ちっ、汚ったねぇな。俺まで血まみれになっちまった」
シーディは剣に付いた血糊を無造作に振るうと、足元に落ちた巨大な鴉の残骸を冷やかに見下ろした。頬に垂れて口元に流れてきた返り血をぺっと地面に吐き出す。
魔法を使う時は臆病なのに、剣を使う時は大胆。人が違ったかのようにこの男はがらりと態度を変える。本人は、まるで無意識なのだが。
ポンコツな魔法使いで俊敏な剣の使い手は、手元で輝く流星刀の清廉な輝きに目を細めるだけなのだった。
大魔法使い、灰色猫が残した至高の剣。
その光を見つめているうちに、シーディの口元から知らず知らずのうちに漏れ出した言葉。
”星々の輝きよ。俺の行く先を照らしてくれ
この道標のない空に、暁の光を投げかけて”
北の空へ向かって、流星が線を描いてゆく。
はっと、闇の空に、突然現れた星の群れに目を向けたとたん、小柄な魔法使いの脳裏に突然、”ナイチンゲールと紅の薔薇”の一節が浮かび上がってきた。
"When the Moon had risen in the night sky. the Nighingale flew the Rose-tree(月が夜の空に昇った時、ナイチンゲールは薔薇の花の下に飛び立った)"
シーディは、夜空に叫ぶ。
「Moon rise to the in the night sky! (月よ、夜空に輝け!)」
煌々と姿を現した月を横切って、流星が北へ流れてゆく。
北の丘にくっきりと黒いシルエットを浮かばせた不落の皇宮を指さして、シーディは再び、白鹿の背に飛び乗る。
「走れリンナイ! ユリカはきっとあそこにいる。あの流星を追ってゆけ!」




