表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スペルドキャッスルの雪宴  作者: RIKO(リコ)
第三章 あちらとこちらと、この世界
24/85

2.逢魔が時

 闇だ。

 かすかな救いも、浅い眠りも、ここには何も見いだせない。

 あるのは、ただ、深い闇だけだ。


 暗く濁った空の下、栗毛の馬を駆り立てて北の丘を登り切った時、近衛兵長ミラージュは深く息を吐いた。目前に立ち塞がる皇宮の門の真っ黒なシルエットが、陰鬱な気持ちをさらに強くさせる。

 すると、門番の近衛兵が慌てて走り寄ってきた。


「近衛兵長ミラージュ、早く、門の中へ! 黒魔女があんたの帰りが遅いので、酷く怒ってる」

「焦るな。少し手間取っただけだ。それより、この娘をどこかへ……そうだな、とりあえず、俺の部屋のベッドの上にでも転がしておけ」


 馬上の近衛兵長に抱えられた純白のドレス姿の百合香。ぐったりとしたまま動かない娘を見て、門番の近衛兵は一瞬、戸惑う。


「死んでるんですかい?」


 けれども、当の百合香は薄目を開けて、この門番をチラ見していたのだ。


 ”勝手に殺すなっつうの。こんなわけの分からない場所で、死んでたまるもんですか。でも、ここ、どこ?”


 ミラージュは、それには気づかず、


「いや、気絶してるだけだ。けれども、後で騒がれても厄介だ。逃げれぬ程度に軽く縛り上げて……」


 その時、皇宮の門の中から墨色の靄が沸き上がってきた。ミラージュは眉間に皺を寄せ口を噤む。門番の近衛兵はびくりと体を震わせると、その場に慌ててひれ伏した。


「陛下! 近衛兵長ミラージュが只今、帰還致しました。どうか、どうか、今宵もご機嫌麗しゅう」


 墨色の靄が見る見るうちに人の形を取り始めた。地面に頭がめり込みそうなほど平伏した門番を完全に無視して、()()が金切り声をあげた。


「ミラージュ、きぃぃぃっ! その女、その女は誰! その女、そんな女をお前がなぜ抱く!!」


 ああ、この声にはうんざりだ。だが、ミラージュは心底厭わしく思う気持ちをおくびにも出さず、低音のボイスの魅力を最大限に効かせて、門外に現れた()()()に言う。


「陛下、お気に召さるな。この娘はとっくに息絶えています。この娘は、()()()の魔法の国に害をなす似非魔法使いの共謀者として私が殺しました。遺骸を持ち帰ったのは私のあなたへの忠誠の証。何卒、ご容赦なさりますよう」

「きいぃぃっ! そんなゴミなど、我は見たくもないわっ。とっとと、捨てておしまいっ!」


 小さくほくそ笑むと、馬から降りたミラージュは、門番の男に百合香を委ねて小声で囁いた。


 ”さっさと、この娘を俺の部屋へ連れて行け”

 ”あの~”

 ”何だ?”

 ”私はそろそろ、家へ帰っても……いいですかい”

 ”……”

 ”早く帰らないと、夜明けになって”雪だるま”に戻ってしまうんで……”


 一瞬、沈黙し、身を固くしたミラージュ。夜になり、人の姿を取り戻した時だけ、近衛兵たちは帰宅を許されていた。ただし、ミラージュの黒魔女への奉仕の契約と引き換えに。


 朝になれば、部下たちはここへ戻ってくるが、白魔女の呪いが復活して、奴らと俺の姿も、また雪だるまだ。

 夜になって人の姿を取り戻しても、俺だけは黒魔女との契約でこの皇宮に縛り付けられる。


 もう、うんざりだ! こんな生活を続けるのは。


 一方、門番の腕の隙間から、百合香は黒魔女の姿を覗き見ていた。

 ……が、


 は……? あれが、黒魔女?


 百合香はきょとんと目を瞬かせた。

 腰まである蛇のようにくねった髪は墨色。顔は青ざめ、唇は紫。

 ここまでは、テンプレ通りだ。が……


 身の丈は100センチほどのチビ。

 纏う黒衣のドレスは、スカートがふんわりと大きく広がり、裾には白のフリル。

 頭のカチューシャに付いた紫のリボンは、デカすぎて、お世辞にも可愛いとは言えない。


 こ、これは、どう見ても”ゴスロリファッション”?!

 うわ~、私だって、こんな悪趣味なコスプレはしたことないのにっ。


 近衛兵長ミラージュに抱っこされて、きゃっきゃっと笑う黒魔女は、幼児以外の何者でもなかったのだから。



*  *  *


「リンナイっ、皇宮に殴り込むなら、俺も一緒に連れて行けっ!」


 とっぷりと闇に閉ざされた雪原で、シーディは血気盛ん?に湯煙をあげているバスタブに、声を荒らげた。 


 しかし……はたと、自分が高速で走るバスタブに浸かって、敵の陣地に進撃する姿を想像して、シーディは顔をしかめる。

 ちゃぷちゃぷと湯気をあげながら、バスタイムの魔法使いって? 冗談じゃないよ。そんなんで戦えるかいっ。それに、


 カッコ悪すぎるだろ。


「なぁ、リンナイ、もうちょっとさ、何とかなんない? そのスタイル」


 すると、リンナイはぷるりとホーローの白い体を奮わせた。そして、変身したのだ。


 すらりと頭の両側から伸びた角は、第1枝は付け根から、第2枝は上の方で二つに分かれ、天を向いている。

 腹部は透き通るような白。しなやかな四肢のひずめは金色に輝いている。


 この世の物とは思えぬ美しさの雄鹿の姿に。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング
この小説を気に入ってもらえたら、クリックお願いします
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ