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スペルドキャッスルの雪宴  作者: RIKO(リコ)
第二章 白魔女の逆鱗に触れる
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12. グレイ・マウザーの失敗

 魔法の国に帰ると豪語したものの、いざとなると、どうしていいのか分からない。

 分かっているのは、異世界へのナビゲーターが、百合香の本の挿絵から飛び出してきた鳥 ― ナイチンゲール ―だということだ。


 ”ナイチンゲールと紅の薔薇”


 魔力を持つマントの”ベルベット”を百合香に貸してしまったものだから、今のシーディにとっては、その本だけが、唯一頼れる魔法のグッズだった。


 ええいっ、こんな時は自分の第六感に全てを委ねろ。シーディは”ナイチンゲールと紅の薔薇”のページを猛スピードでめくり始めた。

 

 京志郎が、その様子を胡散臭げに見つめている。


 おいおい、姉ちゃんの英語教本が”魔法書”? だなんて本気で思ってんのか……こいつは僕が作った灰色猫グレイ・マウザーに違いないと思うけれど……もしかして、イカレてんのか。


 その”魔法の本”を中ほどまでめくった時、シーディの指がぴたりと止まった。


「これ、使えそうだ。よしっ、呪文スペル化するぞ」


 記憶した文字を頭の中で練り上げて、それに魔法の力を与える。他の本だと上手くゆくことは稀だが、この本って本当に素晴らしい。


 よしっ。


 シーディは、勇み足で図書館の地下に作られた中世英国風の模型ジオラマの方へ向かい、南の森の白薔薇城へ視線を移した。そこが元々の自分の家があった場所だ……とその時、物凄い違和感を覚えてしまったのだ。

 傍にやってきた京志郎に言う。


「なあ……京志郎。よく見てみると、この模型の中には、北にある皇宮と、城下町と、俺の家のあった南の森しかないけど……。もしかして簡易版なのか。東にある真っ青な海はどうした? 西にどこまでも続く草原はどこへ消えた?」

「はぁ? 僕は凝った城や城下町を作りたくてジオラマ製作をやってるんだ。ただっ広いだけの海や草原なんて作らないよ」

「本当か? 」

「僕に嘘だって言ってほしいわけ?」

「……」


 シーディは言葉を失ってしまった。以前に聞いた近衛兵長ミラージュの愚痴を思い出してしまったからだ。

 

『あの魔法使いの爺さんが、魔法大皇帝マジックエンペラーの書庫から魔法書を大量に持ち出して、この国を誰の支配も受けない楽園に作り替えようなんて、阿呆な夢を持ち込むものだから、あの白魔女までが、()()()()()として召喚されてしまいやがった』


 俺は全然信じていなかった。

 だって、あれは、ミラージュが灰色猫グレイ・マウザーを貶めるために作った作り話(ブラフ)だから、信じちゃいけないって、爺ちゃんに強く戒められていたから。


 ……でも、


 もし、爺ちゃんが、とうの昔に、この図書館の地下の【英米文学】の閉架書架が、俺たちの家の本棚と繋がっているのを知っていたとしたら?

 そして、本棚にある本の()()呪文スペル化して、京志郎の作った模型の国を、自分の理想の国に変えようとしていたとしたら?


 きっと、この【英米文学】の本棚を探せば、輝く青の海や、どこまでも続く緑の草原の様子が、物凄く上手く書かれている本があるに違いない。


 本の中に綴られる()()は、時を重ねて人々に読み継がれててゆくうちに不思議な力を持つようになる。一度、読んだら、ずっと心をとらえて離さないような感動や激情や、時には恐怖。ここの本棚にあるような古くて価値のある稀覯書きこうしょなんかは特に力が強い。


 爺ちゃんは、最高最強の大魔法使い。

 

 爺ちゃんが、そんな本から力を引き出して、魔法大皇帝(マジックエンペラー)の支配を受けない国を作ろうとしていたとしても、不思議なことじゃない。


 ああ……それなのに

 

 くそっ……今になって、俺は、爺ちゃんがミラージュの言葉をやっきになって、否定した意味が分かる。

 爺ちゃんは取り返しのつかない失敗を仕出かしてしまったんだ。プライドが高い灰色猫グレイ・マウザーは、それを絶対に認めたくなかった。


 白魔女の召喚……。

 

 そして、それが自分自身の死を招いた。


「……」

 

 心が沈む。けれども、今は落ち込んでいる場合ではないのだ。シーディは、ジオラマを囲ってある木製の枠に手をかけると大声で叫んだ。


 異世界への”ナビゲーター”の名前を。


「The Nightingale (ナイチンゲール)!」


 それは、彼が魔法の力を練り込んだ呪文スペル


 チチチチッ


 シーディの声に呼応して、鳩時計の上に止まっていたナイチンゲールが、頭の上をかすめて下りてきた。褐色の尾をくるりと翻らせて、ナイチンゲールがジオラマの上で旋回する。その瞬間、彼は次の呪文スペルを唱えたのだ。


「 Flew over to the Rose-tree(薔薇の木の元へ飛び立て)!!」


 本当は”白薔薇の城”と言いたいところだが、Castle(城)の文字は”ナイチンゲールと紅の薔薇”から消えうせていて、今のシーディには使えない。とりあえず、あの雪の中で薔薇が咲いているのは、白薔薇城だけだから、目印くらいにはなるだろう。


 ナイチンゲールがジオラマの中へ姿を消した。その瞬間を逃すもんかと、シーディもジオラマの中へ飛び込んだ。


「待って! 僕も連れてって!!」


 頭の上から、京志郎の声が聞こえてくる。だが、シーディはできうる限りの大声で、彼を制止した。


「駄目だ! 頼むから少しだけ堪えてくれ! 理由は後で説明する……せつめい……」


 体が下へ落ちてゆく。その感覚が鮮明になるほど、シーディの耳に届く京志郎の声が小さくなる。


 相良京志郎


 いくら俺たちの世界の持ち主(オーナー)だからといって、今、お前は魔法の国に来てはならない。

 なぜって、お前が作った俺たちの国の模型ジオラマが、実際の1/150スケールなのだったとしたら……

 そして、俺を図書館に引き上げたあの巨大な手が、京志郎の手なのだとしたら



 お前がこっちへ来たとたんに、魔法の国はぶっつぶれるぞ!




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