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スペルドキャッスルの雪宴  作者: RIKO(リコ)
第二章 白魔女の逆鱗に触れる
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9.百合香、物言わぬ姫となる

「ええっ、ミラージュって雪だるまじゃなかったの?!」


 軍服姿の凛々しい近衛兵長に抱きかかえられ、栗毛の馬に乗せられた百合香は、現在進行形で起きている事態をまだ把握できずにいた。


 もしかしたら、私、囚われの姫?


そんな素敵な……いやいや、これは、とてもヤバい状況ではないのか。


 日は暮れ、辺りの景色は薄暮の色に溶け込もうとしている。

 軍馬にまたがった兵士たちが、雪煙を舞い上げながら次々に横を過ぎてゆく。


「ミラージュ、夜が来る。早く皇宮に戻ってくれ! お前がいないと黒魔女の機嫌が悪くなって、俺たちが、束の間の人でいられる時間が奪われてしまう」


 通り過ぎざまに兵士からかけられた声。

「分かっている」と答えた後に、「悪いな」とその兵士が見せたお為ごかしの申し訳なさそうな顔に、ミラージュはちっと口を鳴らし、栗毛の馬の腹を強く蹴った。


 百合香とミラージュを乗せた馬の速度が速まる。


 それにしても、先ほどまでいた雪だるま軍団の姿が一つも見えない。ってことは、さっきの馬に乗った兵士たちが、雪だるま軍団だったってこと?


 百合香は上目使いでちらりとミラージュの顔を伺う。そんな仕草が拗ねた子猫のようで可愛く思えて、ミラージュは少しだけ表情を和らげた。

 

「そんな顔をするな。日が沈んで朝が来る前の逢魔が時(おうまがどき)だけ……白魔女にかけられた呪いがとけて、雪だるま軍団は人間の姿に戻れるのさ。ただし、()()黒魔女への奉仕と引き換えに」


「黒魔女? 奉仕? でも、シーディからは黒魔女の話は聞いてないわ。北の丘の城にいるのは白魔女で……」


灰色猫グレイ・マウザーが召喚したのは白魔女だけだったからな。あの爺さんがどう間違ってこうなったかは分からんが、白魔女と黒魔女は同一体だ。ただ、その精神が違う。どちらも残酷非道。俺たちの国を支配したがっていて危険なのには変わりないが、ダイレクトに攻撃してくる白魔女よりも……男好きで陰湿なやり方をしてくる黒魔女には……いい加減にうんざりだ」


「グレイ・マウザーって、シーディのお爺ちゃんのことを言ってるの? 」

「そう、あの老いぼれのせいで、この魔法の国はろくでもない場所になっちまった」

「老いぼれなんて酷い言い方しないで!グレイ・マウザーの名を継ぐためにシーディは四苦八苦しているっていうのに」


 百合香の剣幕に、ミラージュはふんと鼻を鳴らした。


 確かにグレイ・マウザーは自分の死期を予知して、シーディに魔法を教えていた。けれども、あの若造を跡取りにするつもりなら、奴にシーディ(とるにたらない者)などという名をつけるものか。


「お嬢さん、いくら、シーディの()()()()だといっても、これからは奴の養護はしないことだ。それに、俺に対して少し口が過ぎるんじゃないのか。このまま皇宮に連れてゆけば、あんたは間違いなく黒魔女に八つ裂きにされるっていうのに」


 どうやら、ミラージュはシーディに並々ならぬライバル心を感じているようだった。魔法使いとしてはポンコツでも、剣士としては、雪だるまの時に首を切り落とされたり、散々な目に合わされているものだから。けれども、この時、百合香が強く主張したかったのは、そんなことじゃなかったのだ。


「その情報!どこから仕入れたかは知らないけどっ、 私が、シーディの()()()()だなんてことは、まったくのガセネタっ! わ、私は、純粋無垢な女子高生なの、まだ、誰にも手なんてつけられてないっ。だから、そんな風に言われるのはとても心外っ! 訂正してっ!」


 その必死な言い様と、嘘を含まない百合香の澄んだ瞳が、ミラージュの心を妙にくすぐった。


「ほう、それを聞いて安心した。ただ、黒魔女に気づかれたくないのなら、もう少し、口を噤んでいてもらわないと……な」


 ミラージュにぐいと顎を持ち上げられ、その直後に、百合香は心臓が飛び出しそうなほどの衝撃を唇に感じてしまった。ああ、シーディとの時は、未遂に終わってたのに、


 ファー……ファーストキス? このシュチュエーションで、このイケメンと……これって……あまりに突然すぎてぇ。


 意識がどこかへ飛んでゆく。あ…れ、何だか体の力が抜けてゆく。

 おかしいな。いくら何でも、キスで気絶するわけがないんだけど……。


 ぐったりとした百合香を前に抱きかかえたまま、ミラージュは栗毛の馬を北の丘の皇宮へと走らせ続ける。すると、伴走していた馬の上から味方の兵士が声をかけてきた。


「おい、近衛兵長、その娘に毒息を吹き込んで殺しちまったのか。黒魔女への土産が()()()()()だなんて、それはマズいんじゃないのか」


 その言葉に、近衛兵長ミラージュは、意味深な笑みを浮かべるだけだった。


 白魔女ならまだしも、生きていようが死んでいようが、若い女の土産など、あの黒魔女が欲しがるものか。この姫は俺がもらう。あの小賢しいシーディの鼻をあかしてやるためにも。


 ただ、近衛兵軍の誰も気づいてはいなかった。百合香の後を追って、金の猫足をした白い物体が超高速で駆けてきていることなんて。




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