7.図書館の秘密②
ユリカの英語教本の挿絵だったナイチンゲール。
あの魔法書の中から外界に飛び出してきた”鳥”は、異世界の扉を開く案内者に違いない。
褐色の尾をした小さな鳥を追いかけ、螺旋階段を駆け上がる。
図書館の1階に出たシーディはけっこう興奮してしまっていた。なぜって、彼は魔法や不思議が大好きなのだ。異世界を渡り歩くなんて経験はそうざらにはできないぞと。
ナイチンゲールは身を翻すと、さらに上の階 ― 図書館の2階 ― へと羽ばたいてゆく。
1階から続く螺旋階段を上がった直ぐの場所に、凝ったゴシック調の彫刻を施した木製扉が見えている。その扉の前まで飛ぶと、ナイチンゲールは扉の中にふっと姿を消してしまった。
「京志郎っ、あの2階の部屋には何があるんだ? また、おかしな場所につながってるんじゃないだろうな」
テンション上がり気味のシーディに対して、後を追ってきた京志郎の声音は、やや冷めていた。
「2階は、館長室だよ。おかしな場所? 分かんないな。館長室に入ったことは、僕は一度もないんだ。いつも扉には鍵がかけてあるし、館長の姿も見たことがないし」
「館長室? ここが図書館だってことは、俺にも分かるが……」
入れない館長室に、見たこともない館長……それって、まるで
開かずの館長室
その成句がシーディの好奇心を余計にくすぐった。京志郎の手をぐいと引いて、小柄な魔法使いは言う。
「よしっ、そういうことなら、中に入らない手はないぞ」
「でも、鍵がないよ。それに、勝手に入って後で館長に叱られると嫌だ。バイトだってクビになるかもしれないし」
「 はぁ? お前、何言ってんだよ。バイトくらい他で探せよ。それに、叱られるのを怖がってちゃ、この謎はいつまでたっても解けないぞ。鍵なんてなくても大丈夫だ。魔法っていうのは、こういう時に使うもんなんだから」
螺旋階段を上って2階の部屋の前に立つと、シーディは、したり顔で懐から古びた英語教本を取り出した。
『ナイチンゲールと紅い薔薇』
俺は普段は魔法力には自信がないが、ここの場所に来たとたん、この強力な魔法書があれば、どんなことだって何とかなるって気がしてきたぞ。
* *
「ふむ、これかな」
"At noon the young student opened his window and looked out"
(正午に、その年若い学生は、窓を開けて外を見渡した)
シーディは、英語教本『ナイチンゲールと紅い薔薇』の第5章、一行目にあるフレーズを見つけると、頭の中でその中の言葉を魔法の呪文に置き換えだした。一度使った文字は、使った端から本の中から消えてゆく。それを知っているシーディは、あまり多くの言葉を使うのは避けようと思った。
すらすらと英文を読んでしまうシーディを横目に見ながら、京志郎はまだ、訝しい気持ちを抑えきれずにいた。その出で立ち、容姿からして、彼が灰色猫であることは疑いないのだが、何でそいつが、姉の百合香の英語教本を持ってこの場所に現れるんだよと。
もしかしたら、こいつが、百合香をジオラマの国にさらっていった張本人か?しかも、入浴中にバスタブごと? もし、それが真実なら、この男はとんでもない破廉恥で下衆な魔法使いだ。
自分が作ったキャラがそんな奴だったとしたら……そう考えると何だか無性に腹が立つ。
そんな京志郎のダークな感情には露ほども気づかず、シーディは館長室の扉にむかって、魔法の呪文を声高に唱えた。
「Open (開け)!」
魔法の力を浴びた木製扉が、ぎぃと軋んだ音をたてた。
そして、自動扉のごとく、開かずの館長室の扉が開く。
「Looked Out(見渡せ)!」
館長室の全貌が明らかになる瞬間だった。小柄な使いと黒エプロン姿の青年は、何度も目を瞬かせた。
「こ、ここ……姉ちゃんの部屋だ……」
京志郎が驚くのも無理はなかった。
シーディが魔法の力で開いた部屋は、姉の百合香の部屋とまるで同じだったのだから。




