<12話> 「邪神と主神と再会と」 =Fパート=
あっさり機嫌の直ったイリーナと路地を行く。
すると、看板にグリフォンのマークがある宿を発見した。
巨大な鷲上の半身と、爪の鋭い獅子の下半身をもつグリフォンだ。
看板の下で私は、ぼそりと呟いた。
「このマーク、懐かしい。さすがに今度は、泊まっても魔人に襲われないわよね……」
「お姉様……。不謹慎です」
私は意を決して、宿の中へと入った。
受付近くまで進むと、受付のカウンター越しに中年男性が声を掛けてきた。
「どうもいらっしゃい。宿屋グリフォンの翼へようこそ」
おじさんは、イリーナの首から下げているロザリオに目をやる。
「えっと、聖叉……。聖母教のお嬢様方ですかね? どういったご用件で、除霊ですかい?」
「いえ、宿を」
「ええッ!」
どうやらイリーナが首から下げているロザリオ、音叉の形をした聖叉が付いているので、聖母教の者だと分かってしまう様だ。
(あぁ、さっきイケメン王子はイリーナを舐め回す様に見ていたのではなく、きっとロザリオを見ていたんだな。変態扱いしてゴメンね。反省)
「うちの様なオンボロ宿で宜しいので?」
それにはイリーナが答える。
「立派なお宿ですよ、おじ様。えっと、それではグリフォンの翼という部屋は、空いていますでしょうか?」
「ええ、空いていますぜ。なるほど、よくご存じで、あそこならばお嬢様方でも。貴族とかがお忍びで来られた時の為の部屋ですからね」
イリーナは私の方を見て微笑んだ。
そして私は麒麟の髭以上に、その笑みの破壊力にやられた。
「それにしてもどこで聞いたんですかい? 普段は、空けてあるんですよ。最後に泊まったのは、確か一ヶ月近く前に、さる八英雄が」
おっさんの声が、私をイリーナの笑みから、現実へと引き戻してくれた。
「ああ。キュリアさんね」
「赤髪のお嬢様は、お知り合いなので?」
「いいえ」
「えッ?」
「いえ、実はこちらの姉妹店グリフォンの爪にて、ルイーダさんと縁がありまして」
「え? ルイーダ婆さん!?」
おじさんは、顔を曇らせる。
「実は婆さんは……」
「ええ、存じております。それで私たちは、孫のルイダさんに会いに来たのですよ」
「ええっ、てえとー。もしかして、お嬢ちゃんたちがルイダを救ってくれた、冒険者のリルさんと聖女イリーナ様なのかい!?」
私とイリーナは一瞬、顔を見合わせた。
「あぁ、ルイダから嬢ちゃんたちの事は、よく聞いているよ。そう、何回もね。いやぁ、すまねえなぁ、直ぐに気が付かず。凄腕の冒険者剣士だって話だったから、てっきりもっとゴッツイのを勝手に想像しちまってたわ。まさかこんなに可愛い嬢ちゃんだとは思わなくてな。がはは」
「この感じ、懐かしい様な。何だか安心しましたよ。おじさんはルイーダさんと同じ雰囲気ですね。まるでルイーダさんと話しているかの様に感じましたよ」
「そっ、そうかい? 婆さんは俺の伯母だからねぇ」
すると後方から徐々に小さな足音が近づいて来るのが分かった。
「え、ウソ!? リルお姉ちゃん! それにイリーナ様まで!!」
声の主は、勿論ルイダであった。
驚きのあまりなのか、いつになく高い声だった。
「お、元気そうだねー。ルイダ」
「こんにちはルイダちゃん」
「わー。えっ? どうしてー? お姉ちゃんたちが?」
目の前にいるのが信じられないといった様子だ。
「いえね、この街で聖母教に関わる用事があってね。近くまで来ていたもんだから――」
私の言葉を遮るようにイリーナが続ける。
「ルイダちゃんに会いに来ちゃいました」
ルイダはようやく現実を受け入れた。
それは少女の頬を伝う大量の涙が物語っている。
そして手を広げ、私に抱きついた。
ルイダは顔を私の服に埋め、一呼吸置いてから言う。
「寄って……くれて……、ありが……とう。すっ……ごく、嬉しいの」
イリーナは床に両膝を着く。
そして私に抱き付いているルイダを後ろから両腕に手を重ね、覆う様に抱き付いた。
ルイダは二人に挟まれ、しばらく動くのをやめ、身を委ねてきた。
ルイダに抱き付かれ私は、グリフォンの爪でのあの凄惨な事件を思い起こした。
(あの時もルイダは私にしがみ付いていたわね……。そういえば、あの後のルイーダお婆さんたちが死んだ原因が、不明なのよね。即死魔法なのか、呪いの類いか。近くにいた魔人の仕業かと思っていたけれど、違いそうだし……)
そんな事を考えていたら、ルイダは顔を上げ、私にしがみつきながらも、涙を堪え真剣な眼差しで私を見つめて告げてきた。
「私ね、夢ができたの。いつか自分の宿屋を持って、グリフォンの爪って名前を付けるの。それでね、それでね。いっぱいお客さんが来るの」
「実現……できると、良いですね」
イリーナも泣いていた。声がそれを示す。
「本当にルイダは優しい子だね。私に出来る事があれば協力するよ」
そう言うと私は何気なく、おじさんの方に目をやる。
おじさんも貰い泣きしていた様だったが、直ぐに涙を拭う。
「おい、ルイダ。お客様二人を特別室へ案内してやりな。そしてお前は、今日はもう上がれ。今日は特別だ」
そう言うとおじさんは、泣いていたのを誤魔化す為か、後ろを向き呟く。
「歳をとると、涙腺が緩くなるって本当だな……」
「え。良いの? ありがとう」
「良かったですね」
そう言うとイリーナは、ルイダの頭を撫で、そして立ち上がった。
「じゃあ、案内……するね」
ルイダは手で涙を拭い捨てると、私たちを部屋まで案内してくれたのだった。
Gパートへ つづく




