<12話> 「邪神と主神と再会と」 =Aパート=
私は運命や宿命など、信じていない。
もし存在していたとしても、私はそれらを越え、あるいは破壊し、自分の意志で未来を創る。
それが私なのである。
そんな私だけれど、事さら人と人との繋がり、巡り合わせである「縁」については、
別段思うところがある。
出逢いと別れ、そして再会。 それらは望んだもの、望まないもの、様々だ。
望まない別れとは、誰しも辛いものだ。 だが再会出来た時の喜びは、それにも勝るものであろう。
望まない別れを何もせずに受け入れる私ではない。 さすれば私は、運命に抗う背徳者なのであろう。
「お姉様。もう直ぐ着きますよ、王都フリードに」
イリーナは、いつになく嬉しそうだった。
実に見た目の年齢らしい、少女の微笑みを私に向けている。
私ことリル、邪神を宿した聖女イリーナ、聖母教司祭でエルフのエミアス、三人はヴァーラス王国の王都を目指し、馬車を進めていた。
エミアスが手綱を掴む、この二頭立て馬車には屋根が無い。
その為、移りゆく景色を眺め、更に風を感じる事が出来る。
街道は、もう直ぐ収穫時期を迎えるであろう麦畑を抜けると、整備された広い道路となった。
「イリーナ、いつになく嬉しそうね」
「はい! だって王都へ最後に来たのは6~70年以上も前ですもの」
「なるほどね」
「そう言えば、エミアスとも100年以上前に来ましたよね」
「はい。つい先日の様に覚えておりますとも」
(50年分の記憶が飛んでいるイリーナはよいとして、100年前がつい先日って言えちゃうところが凄いな……。さすがエルフは長寿なだけある)
「あの時は確か、ティーナ様も御一緒でしたね」
エミアスがその名を出すと、イリーナは目を数秒の間閉じた。
「ヴァレンティーナ……。おそらく、まだ生きているのでしょうね」
「はい、おそらく……」
(そのティーナって人もエルフなのかな? 100年経っても生きているって事は)
「懐かしい……」
「はい、懐かしいですね。ご一緒に旅を……お供をさせていただきました」
思い出に浸る二人を邪魔しない様に私は、少し黙って景色を眺めることとした。
そしていつの間にか街道には、多くの馬車や、すれ違う馬車が溢れていた。
(うわー。都会だ!)
東京生まれ東京育ちの私だが、そう思ってしまった。
この世界へ来てから、これ程多くの民を見る事自体が初めてだったからだ。
広かった街道が馬車で埋まり、少し渋滞を起こしていた。
馬車の手綱を握るエミアスが言う。
「あぁ、ここからは時間が掛かりそうですね」
「その様ね」
(……まさか異世界で、交通渋滞に遭うとは)
暫くすると、嫌な臭いが鼻を突く。
ドサドサと音を立てて、何かが落ちているのだ。
一つ前の荷馬車だった。
「あらら、落とし物ですわね」
「やりやがった!」
「まあ、しょうがないですわよね。お馬さんも、生理現象ですから。でもお姉様、少し言葉が汚いですよ?」
「私の言葉が汚いのも生理現象」
「また、変な事を……。お父様ソックリですね」
「もー。うちのお母様みたいな事を言わないの……」
「少し、うつっちゃいました。えへん」
私とイリーナの関係も星の無いあの世界へ行って以来、より深いものになっていた。
「ねえねえ、そういえば、この世界には消臭魔術っていうのはないの?」
「えっ、消臭魔術、ですか?」
「そそ。臭いを消すヤツ。例えば鼻の利く獣人から逃げる時とかに使ったり、待ち伏せの時に使ったり」
「残念ながら私は使えませんね。浄化で似たような事は出来ますが……。エミアスなら?」
「残念ながら、私も使えませんね。しかし、役に立ちそうなので、後々研究してみます」
「おっ」
「要は、視覚遮断魔法の嗅覚版を作れば良いわけですよね」
「まぁ、そうだね。色々と方法は有ると思うけれど。臭覚遮断、それも一つの方法だね」
――私はフルダイブ型VRMMORPGの前段階である、
只のVRMMO時代によくあった光景を思い出していた。
「ごめん、ちょっとWC見に行って来るわ」
「りんちゃん、いてらー」
「出してらー」
「ふんばっといれ」
――数分後
「ただま」
「おかー」
「おかかいも」
「デカイのでたー?」
「いやいや、小さい方だし」
「あぁ、りんちゃん便秘か。ほれ、プルーン」
「なんでやねん」
そして消臭魔術が飛んでくる。
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「うわー。大変! りんちゃん消臭魔術が効かないよ! くちゃいくちゃい」
「ちょっ、既に臭覚遮断が私に掛かってて、上掛けが出来ないだけでしょ!」
「えー。本当かなぁ。ニヤニヤ」
「はいはい」
(……なぁんてね。あぁ、懐かしいなぁ)
私がだらしない顔で思い出に浸っている間に、いつの間にか馬車は渋滞を抜けていた。
Bパートへ つづく




