<1話> 「GMのお仕事」 =Gパート=
現状では情報が不足していたのであった。
町の入り口で女性から教えてもらった辺りへ着くと、宿屋は直ぐに判った。
グリフォンの型に切り抜かれた木製の大きな看板があったからだ。
グリフォンというのは、巨大な鷲上の半身と、爪の鋭い獅子の下半身をもつ空想上の生物である。
もっとも、この世界には本当に存在しているのかも知れないが。
「グリフォンか、実際にいたら乗ってみたいな」
看板を見つつ店の前で、ぼそりと呟き、そして中へと入る。
私が想像していたのは、イギリスのパブ形式だった。
例えば、1階でお酒を飲め、2階が宿屋という具合の。
ところがこの宿屋は、ペンションの様な構造だったのだ。
「すみません、宿を取りたいのですが」
受付には、おばちゃんと中年の男性が居る。
おばちゃんは小太りで筋肉質な容姿で、いかにもって感じだ。
「あいよ。1名だね。冒険者かい?
前金で30G、更に1泊毎に追加で50Gだよ」
「旅で疲れているので、出来ればお風呂に入りたいのですが。
浴槽のある部屋は空いていますか?」
パブ形式でなく、ペンション構造の様だったので、聞いてみた。
おばちゃんは、煙たそうな表情をして答える。
「そうすると、最上階の特別客室『グリフォンの爪』しか無いが……。
前金で一泊200G頂くよ!」
「ええ、それで構いません。
この町の周辺も観光したいので、3泊でお願いします」
そう伝えると、私は腰についているアイテム袋から600Gを取り出す。
どうやら、持っている貨幣は使える様だ。その場で支払った。
「まいど」
おばちゃんの隣に居た男性がお金を数えた後、やっとこさ口を開く。
2人のやり取りから察するに、どうやら夫ではなく、息子の様だ。
現金が回収されるや、おばちゃんは上機嫌になった。
「お湯は直ぐに浴びるかい? 上まで運ばせるからさ」
私はその変わり様に、あっけにとられる。
「そうですね。では、じきにお願いします」
それを察したのか、おばちゃんも何とも言えない声色で返すのだ。
「あいよう」
息子は指示を受け、直ぐに奥へと立ち去ってしまう。
おばちゃんと私だけになり、重たい雰囲気が二人を包む。
すると、困った顔をした後、おばちゃんの口が動いた。
「それはそうと、お前さん。いい加減その兜を外したらどうだね?
この町には、あんたを襲えそうな……襲うような輩は、居ないよ。
平和な町だからね」
「これは失礼いたしました。ご助言ありがとうございます」
そう告げると、私は兜を外した。
職業柄、個性を消す為にゲーム内では兜を被っているのが当たり前となり過ぎ、装備している事すら忘れていたのだ。
兜を外すと、私のアバターの長い真っ赤な髪が、解け落ちる様に滴れる。
膝の上まである赤い髪の毛に、よほど驚いたのか、おばちゃんは目を真ん丸くさせ硬直し、それ以上喋らなくなってしまった。
「お待たせいたしました。ご案内いたします」
少女が奥からやって来る。先ほど去った息子の娘であろうか。
おばちゃんによく似た声だが、声には張りがあり圧倒的に若いのだ。
私は案内され、階段を昇って行く。――様々な思いを巡らせてつつ。
(んー。こりゃ、やっぱり異世界ルートの方かな? まいったな……)
Hパートへ つづく
2020.08修正加筆