<10話> 「天翔る星の煌めき」 =Cパート=
「へへへへ」
夜に娘のリルとイリーナを家に連れて行った時に発した、妻の第一声だ。
「ただいま」
「ただいま」
「お邪魔します」
リルは妻に、つまり母親の顔を見るなり抱き付いた。
「お母さん……」
「ひ、人違いです」
「おいおい、説明しただろう」
そんなやりとりをイリーナは、微笑ましく見つめていた。
(天使か?)
妻がどうしても信じない様なので、策を弄した。
「ねえ、もし転移するとしたら、どこに行きたい?」
「え? どこに行きたい? わかんない。考える」
「じゃあ、リル適当に飛ばしちゃって」
「おっけー」
目の前から、リルと妻が消え、私はイリーナと二人で玄関に取り残された。
「ああ、イリーナちゃん。靴は玄関で脱いでね」
「靴を脱いで、家に上がるのですね」
イリーナは靴を脱ぎ、他の靴を見習い、揃えてから家へと上がった。
するとリルと妻が戻ってきた。
「寿命ちじまった。魂抜けるわ」
「お帰り」
(妻もこれで信じただろう)
「たっ、ただいま」
「ただいま」
リルは勝手知ったる自分の家といった感じで、二階へと昇って行った。
「ママ、誰か来たよ。髪の毛、赤いよ」
「おいおい『こんばんは』だろ」
私は長男を注意した。
長男、つまりはリルの兄だ。
「あ! ママ、あ! きたー!」
「おーい。『いらっしゃいませ』だろ」
二人目の娘、つまりはリルの姉だ。
三人目は、まだ一歳なので、寝室で寝ていてこの場にはいない。
リルは自分の物心が付く前の若い母親に会え、とても嬉しそうにしている。
皆で食事をして、昨日は聞けなかった、詳しい経緯を聞いた。
また、イリーナが言うには、この世界に居られるのはあと数時間だけだという。
イリーナは、お世話になった御礼にと、私と妻に癒やしの魔法を掛けてくれた。
疲れが取れ、身体が軽くなった気がした。
(まさか、魔力を持った子が産まれたりしないよな……)
子ども達をお風呂に入れてもらい、先に寝かしつけた。
リビングに居る私と妻に聞こえるよう、イリーナが告げた。
「お姉様、そろそろ時間です」
リルはかしこまって、私達に言う。
「お父様。お母様。リルはあちらの世界で、元気に生きています。もしも突然、私が居なくなったら、それは神隠しにでも会ったと思って下さい。今まで育ててくれてありがとう。
それから、私は必ず元の世界へ戻ってみせます。それまで、お身体に、健康に気を付け……」
妻の目尻から涙が頬を伝う。
それに気が付き言葉を詰まらせるリル。
私はリルと妻の頭を撫でて言った。
「分かった。その言葉、30年後まで必ず覚えておくよ。あと、必ず帰ってくると信じて、待っているからな。無茶はしても、無理はするなよ」
「気を付けて行ってらっしゃい、何かあったら、直ぐに連絡するのよ」
(おいおい、連絡は無理だろう。GMコールも届かない……らしいからな)
イリーナはリルの手を取った。
リルは涙を零していたが微笑んだ。
「行ってきます」
そう告げられた瞬間、リルとイリーナは目の前から消えた。
「竹取物語か……」
「姉様、姉様」
「姉さん、姉さん」
「ソフィア? スパス?」
私が目を開けると、目の前には心配そうな顔のソフィアの顔があった。
「あれ? 月詠みの部屋か」
私は上半身を起こし、手を繋いでいるイリーナを見つめた。
まだ横たわってはいたが、イリーナの顔を見て私は安堵した。
「エルドルナさんは? 御礼を言わないと」
代わりに弟子のエルドリナが答えた。
「ルナ様は、旅立たれました」
「え?」
(あのお婆さん、私に……、私の為に……)
「お姉様」
目を覚ましたイリーナが、私に抱き付いてきた。
「イリーナ、ありがとうね。私の世界まで付いて来てくれて」
「お姉様、素敵なご両親でしたね。また必ず会いに行きましょうね」
Dパートへ つづく




