<1話> 「GMのお仕事」 =Eパート=
目の前が真っ暗になった。
いや、正確には真っ暗になった気がしただけだった。
どうやら私は、瞼を閉じていた様だ。
閉じた瞼を開ける。すると目の前には、見慣れた自室の机があった。
「あれれ? 寝てた? 私……」
辺りを見渡す。でも特に違和感を感じなかった。
「寝オチ!? バグは夢で、寝て落ちちゃっていたのかな? 私ってば……」
仮想世界内ではあるが、外の新鮮な空気を吸ってとりあえず気分転換をしようと、私は思い立った。
自室のドアを開け、廊下へ出る。
いや、これも正確には出ようとした――なのか?
一歩踏み出した瞬間だ。
「床ないじゃん。寝ぼけてるのかな。これ、落ちるよね?」
私は寝ぼけ眼に、百年近く前にあった外国のアニメを映し出す。
「そう言えば、いつだかニュースで百周年とか言ってたな。
確か、七面鳥をコヨーテが追いかける。いやカッコウだったっけ――」
ヒューーーーーーーーーー
そして私は、雲すらもない、遥か上空から落ちていった。
1分経過……。
「自分の阿呆面に、心底ウンザリさせられる――」
「いや、私がインドラの矢の方かな? ……インドラか。
それならこれはヴリトラの呪いだろうな、きっと」
2分経過……。
「んー。座標値を見るに、既に6,000メートルは落下している」
絶対座標高度がマイナス6,000を示していたのだ。
私は一人称視点シューティング(=FPS)・VRゲーム内でのスカイダイビング
――もとい降下強襲遊撃作戦を思い出していた。
「確か空気抵抗があるから落下時速は200km程度で頭打ちになるんだっけ?」
このGMアバターはドイツの高級自動車よりも丈夫そうだ。
だから落下ダメージを受けても大丈夫だろうと、一人で頷く。
「あれ? てか、このゲームにそもそも落下ダメージ設定なんてあったっけ?」
一人でブツブツ言っていたら、アッという間に雲を突き抜け、地上が見えてきた。
「そうだ。アニメみたいに、瞬間移動して着地をしよう!」
そうすれば地上との激突は避けられるハズだと閃く。
けれど跳躍は、高度が分からないから無理だった。
バグっていて地表との距離がどの位なのか、正確に分からないからだ。
「じゃあ、転移魔法を自分自身に掛けて地表に転移しよう。うん、そうしよう」
転移魔法は目視による距離設定も簡単なのだ。
また、魔法というのは通常、移動しながらでは唱えられないけれど、私には魔法を即時発動させる常時発動型技能ある。
その為、移動によりキャンセルされる前に魔法が発動するのだ。
眼下に広がる深緑の高原。
私は迷う事なく、寧ろ得意げに、自身の身体を転移魔法で転移させた。
ドゴゴガガガガガゴゴごごごごンんンン
それはまさしく隕石ノ直撃。
転移魔法が発動した後も、運動エネルギーは保持されたままだった。
つまりは私の身体は、勢いを保ちながら地面に激突したのだ。
「痛。痛たたた。って、たいして痛くないね。HPは全然減ってないし。
良かった。頑丈で」
直径3メートル程のクレーターが、私を中心にできている。
窪みから出る為、身軽な身体をゆっくりと起こす。
「よっこらせ、っと。これは開発の宇田川さんに、ゲーム外での報告が必要だ。
てか……、ここは、テストサーバー内なのかな?」
「――まあいいや、ログアウト……っと」
ポチッ
反応がない。
ポチ、ポチッ、ポチッ、ポチッ
「――ダメだ。全く反応しない」
「ならばGMコール!」
「――って私が呼ばれるダケじゃん」
「じゃあ、GM権限でゲーム外と通話だ!って、これも駄目か」
「――これってもしかして、ログアウト出来ない系の主人公的な展開!?」
ちょっとだけ喜んでしまった、自分自身を反省。
「とりあえず、街道が直ぐそこにあるから、道沿いに歩くとしますか……」
テストプレイ以外では、フィールドを歩く事など殆どない私。
絶対座標がバグっていたが、相対座標は使えたので、スキルによる跳躍も可能ではあった。
だが普段歩かないからこそ、このテストサーバーでの、ただの高原と街道が続くだけのフィールド。
これらが新鮮だったのかもしれない。
それは旅というより、散歩の様だった。
20分程度は歩いた。だが、あっという間に感じた。
豊かな自然。地平線の彼方まで続く高原や草原。
たまに吹く風は清々しく、ここが仮想世界である事をも忘れさせる。
それらは現実世界よりも、よりリアルな現実として、私を魅了したのだ。
「宇田川さん、菊田さん。この自然の壮大さ、ホントに凄いよ。
こんなの作っちゃうなんて、尊敬しちゃうわ!」
「――ログアウト出来ないクソゲーでなければね」
Fパートへ つづく
2020.07修正加筆