<9話> 「最後のドルイダス」 =Aパート=
かつてヨーロッパでは、三角貿易と呼ばれる手法の商いが各国で行われていた。
ヨーロッパ、アメリカ、アフリカの各大陸を結び、帆船により巡回する。
例えばスペインの場合は、製品や武器等を積みアフリカへ行き、その武器を活用し奴隷を積み込む。
その奴隷を新大陸の金山銀山等で働かせる。そうして得た物を自国へ持ち帰る。
しかし私の今いる、この世界は違っていた。
まず旧世界に比べ、新大陸が近いのだ。
その結果、この世界での新大陸発見は、私が来た今から600年も前に起きた出来事なのだ。
そしてこの魔物の暗躍する世界における奴隷は、新大陸の獣人なのであった。
帝国は獣人奴隷売買により、近年急激に力を増していた。
だがしかし魔王が出現した。それにより人間と獣人の力関係が逆転しうるであろう。
想像は容易い。
その結果、帝国の経済は、奴隷売買の危機による失速と、戦争特需による繁栄により不安定なものとなっていた。
そう私は、あの事件に巻き込まれるまでは、かつての世界で勉強した世界史、三角貿易などすっかり忘れていたのだった。
「お姉さん、お姉さん。こんにちは。あまり見ない顔だけれど、この街は初めて?」
声の主は少年であった。ルイダとさほど変わらない年齢であろうか。
「ええ、私は初めてよ」
少年は積まれた木箱の上に立ってこちらを見ている。
「その赤い髪、もしかしてネルダーザ王国の人?」
「んー。来たのは確かにその辺りからだけれども、出身は違うわ」
少年は木箱から飛び降り、私を見上げて言う。
「お姉さんは、妖精の国ネバーランドから来たんでしょ? あの白い船で」
「ええ、そうよ。よく分かったわね」
(少し子ども扱いし過ぎた?)
「じゃあウチの商会のお客様だ。僕の名前はステファノ。よろしくね」
「私はリルよ。よろしく」
背後からイリーナの声が聞こえた。
「お姉様」
イリーナは私の元へやって来た。
そしてステファノ少年に気が付いた様だ。
「そちらは?」
「商会の子どもみたい。ステファノくんだって」
「はじめまして。私はリルお姉様と旅をしているイリーナと申します」
「ハジメマシテ、ステファノ、で、す」
「おや?」
(少年よ、イリーナを見て顔が真っ赤だぞ? 私の髪よりも)
イリーナは不思議そうに、上半身を傾けてステファノの顔を覗き込む。
ステファノは「あわあわ」して目が泳いでいる。
(イリーナ、その位にしてあげて)
「で、イリーナ。どうしたの?」
「ええ、お姉様。積み荷の商談と、関税等の処理で数日掛かるので、それらが終わるまで私たちは別行動ですって。宿は商会で手配して下さったそうですよ」
「そうなんだ。じゃあ、街を見物して、情報収集してから、教会にうかがうか決めよう。それで良いかな?」
「ええ、問題ありません」
ステファノがこちらを向いて、何か言いたそうだ。
「どうしたの? 何かな?」
「この街の見物なら、その、僕が、案内するよ」
私はイリーナの方を見た。
特に異論は無いようだ。
「じゃあ、お願いね」
ステファノは照れながら、嬉しそうに笑みをこぼす。
「えっと、これからお姉さんたちを案内してくるって、お父様に伝えに行ってからで良いかな?」
「ええ、もちろんですよ」
イリーナが答える。
「それと、僕の事はステフって呼んでほしいなー」
「ええ。ステフ、宜しくね」
イリーナが微笑みかける。
「それじゃあ、付いて来て。商会の倉庫に向かうよ」
私たちはステフに付いて行った。
少し歩くと、直ぐに赤レンガ造りの建物が見えてきた。
倉庫と言っていたが、大使館の様な立派な建物だった。
ステフに案内されて玄関から入ると、なんと目の前に、オシャレな格好のシルクハットを被ったゴブリンが居たのだ。
(え? ゴブリン?)
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