<8話> 「魔神」 =Fパート=
イリーナはエンキにお酌をしていた。
「私の中の住人がご迷惑をおかけしています」
「うむ。予は楽しかったぞ。久方ぶりに会えて、あやつの暴言が聞けて」
「この後、リル殿とまた旅に出ると聞いたが?」
「ええ、エンキ様や、魔王等の大規模な転移、その原因を探る。その必要が出てきました。それにより、エンキ様の帰還方法も見つかるかと」
「うむ、予だけの帰還であれば問題はないのだが、神殿をこのままにしてはおけぬであろう。あの神殿は恐らく、こちらの世界とは違う理で出来ている。この世界に悪影響を与えるかも知れぬ」
「エンキ様、こちらの世界の心配までして頂き、感謝いたします」
「予は本当は、リル殿と旅をしてみたいのだが、あやつが了承するまい。ならば予はここで出来る事をするまでよ」
「恐れ入ります」
今までの旅の目的は2つだった。
1つ、魔王城の上空を目指す。
その為に魔王に対抗できる仲間を探す。
2つ、聖母教の総本山へ行く。
その為にイリーナを知るエルフの聖母教徒を探す。
そして新たに目的が追加された。
3つ、大規模転移の謎を解く。
それは私がこの世界へ転移した謎とも関連しているであろう。
(旅か。そう言えば、ここに馬車で連れて来てくれた行商人のトラネコさんの話を王様に後で伝えておこう)
祝勝会は5日後との事で、それまではこの街に滞在し、その後に旅立つ事とした。
ソフィアは花嫁修業という事で私に着いて来るという。
「おかしいでしょ!」
スパスも一緒に行きたいとの申し出だったが、ヴェレネッタに引き摺られて、何処かへ行ってしまった。
「またね! スパさん、ヴェレさん」
「ひっきゅ」
キュリアは可愛いらしい声で、くしゃみをした。
「誰か噂でも? それとも湯冷めでもしたか?」
「大丈夫? キュリアお姉ちゃん」
ルイダが心配そうにキュリアの顔を覗き込んだ。
キュリアは魔人騒動の際に途中だった、ルイダの話しを再び聞きに着ていた。
宿屋『グリフォンの翼』を訪れたキュリアは、隣の酒場でルイダに話しの続きを聞いていたのだ。
「ところで聖女イリーナという名に心当たりは?」
「心当たりもなにも、リルお姉ちゃんと一緒に旅をしていたのがイリーナ様なのよ。聖女ねえ……。聖女って言うより、私からしたら女神様かなぁ」
「なんという事であろう。先に話しを聞いていれば……。いや、結局聞けなかったのだ。それが事実だ。悔いてもしょうがあるまい」
「お姉ちゃん、イリーナ様を探していたの?」
「んん。当初の目的はそうではなかったのだが。魔王の復活、そして魔人がそのイリーナ様を探している。更にルイダ嬢を助けた冒険者の一人であり、魔王の城を見て生きて帰っているのだ。私は会わねばなるまい」
「えっと? イリーナ様を魔人が探しているのですか!? キュリアお姉ちゃん、いいえ、八英雄のキュリア様! イリーナ様をお助け下さい! お願いします。 イリーナ様に何かあったら、わたし、わたし……」
泣きそうになるルイダ。
祖母のルイーダを亡くし、まだひと月。
幼い彼女に、身近な者の「死」が与えた心の傷は暫く癒える事はないであろう。
「あぁ。ルイダ嬢、すまない悲しい思いをさせてしまったな……。我が主神オーディンに、私は誓おう。聖女イリーナ様を御護りすると。ヴァルキュリア・レギンレイヴの名にかけて」
「ほんとう? お姉ちゃんありがとう! 大好き!」
「責任、重大だな。ルイダ嬢に切望されたとあらば」
「では、まず聖母教の総本山へと赴くこととしよう。何か手掛かりが有るかもしれないから」
「もし、リルお姉ちゃん達に会えたら、ルイダは元気だって伝えてね!」
「承知した」
少し考え込むルイダ。
「わたし、決めた! お婆ちゃんの意志を継ぐの。今直ぐは無理だけれど、将来お金を貯めて祖国で宿屋を開くの!
そこにはリルお姉ちゃんみたいな、強くて優しい冒険者の人たちがいっぱい泊まりに着てくれて、街の平和を守ってくれるの。ね! 凄いでしょう」
「素晴らしいよ、ルイダ嬢。では、宿屋が出来たら私もイリーナ様と泊まりに行くとしよう。その時を楽しみにしている」
「うん! 絶対! 絶対だよぉ」
「あぁ。絶対だ」
にんまりと笑うルイダであった。
キュリアは前回約束を果たせなかった、宿屋「グリフォンの翼」に泊まるという約束を済ませ、翌日ブラギの元へと向かった。
Gパートへ つづく




