<4話> 「亡国の戦乙女」 =Aパート=
「師よ、それでは行って参ります」
「ああ。キュリアよ」
キュリアは、師であるブラギに片膝を付き敬礼した。
顔を上げると、師の瞳を見つめた。
ブラギに左目はない。
白く長い髭と髪で、右手には長い杖の様な物を持っている。
まさに魔術師といった格好だ。
一方のキュリアは金の長い髪に、青い鎧姿だ。
デザインは軽装備の様に見えるが、その実はフルプレートに近い。
ブラギはキュリアに無言で頷いた。
二人が居る丘の上からは、巨城と広大な城下街が一望できる。
街は外側へ何層にも分かれており、高い建物が地平線を隠す。
その街に負けない巨城には、この丘よりも高い塔が何本も建っていた。
大陸の西部で随一の繁栄を誇る王都「フリード」である。
キュリアは、騎乗した。
灰色の毛並みだが、黒い鬣と尾が印象的な馬だ。
騎乗したまま、ゆっくりと剣を抜き、自身の体の前に立て、敬礼する。
そして、師であるブラギの元を後にした。
この街、フリードは何層にも分かれており、正確には城郭の中の街をフリード、城郭の外に広がる街をフリズスと呼ぶ。
また、城郭の中へと入る場合、通常は検問を受ける。
他の都市の検問所とは異なり、煉瓦や木造の屋根があり1つの町の様である。
長蛇の列に対して、許可を得て飲食物の販売もしている。ただし、検問の前という事もあり、お酒は販売禁止となっている。
この街の商人の逞しさが伺える場所だ。
そこを灰色の毛をした馬と、それに騎乗する青き鎧の乙女が、金の髪を靡かせて駆け抜ける。
その姿は、列に並ぶ誰もが憧れを抱かすにはいられない程、美しかった。
検問の高台にいた兵がそれに気が付き、合図を送る。
「開門!」
通常の検問とは異なる鉄製の格子扉が、重量ゆえに、ゆっくりと開いていく。
馬はやがて、徐々に速度を落とす。
乙女が王国兵に声を掛けた。
「ご苦労」
その場に居た槍を持った王国兵が敬礼で出迎える。
そして馬と共に、兵の詰め所の方へと消えていった。
その馬に騎乗していた乙女とはもちろん、キュリアである。
キュリアは、この国に武術等の指南役として王家に招かれており、王侯貴族の様な待遇を受けていた。
「特別な待遇で、さぞ貴族に恨まれているのでは?」と普通は思うが、キュリアの場合は別だった。
まず、師ブラギの後ろ盾がある。
そして何よりキュリア本人が貴族に崇拝されているからだ。
齢70を超えたはずの彼女の姿は、王国の貴族たちが子どもの頃に憧れ見た勇姿そのままなのである。
キュリアは馬を降り、詰め所の兵に労いの言葉を掛けた。
兵たちは、憧れの眼差しで彼女を見ている。
その後、キュリアは詰め所を抜けてフリードの街へと入った。
煉瓦で出来た中央通りを抜け、城壁内の旧市街へと入った。
城壁内である旧市街へは厳しい検査を受け、許可を得なければ通常は入る事が出来ない。
愛馬を預けると、予め控えていた近衛副隊長が出迎えてくれた。
そして王への謁見の為、控え室へと案内された。
「申し訳ございません。謁見の予定時間より早いですが、直ぐにご案内させて頂いても宜しいでしょうか?」
「無論だ。副隊長殿」
「王は、謁見の間ではなく、執務室でお待ちです」
副隊長に案内されて、執務室へ入る。
王の執務室には、貴金属や装飾類は一切無い。
この国の王らしい、実を取った仕様だ。
ヴァーラス王国、国王ヴァーラス・フリード4世は告げる。
「うむ、キュリア殿、ご足労感謝する」
そう言うと王は人払いをした。
王は自分の書斎からソファーへ移動した。
王に貴公もソファーへ掛けるようにと促され、鎧姿のまま、正面に座る。
佩刀(=刀を帯びること)していた2本の剣はテーブルに立てかけた。
普通ではあり得ない光景だ。
佩刀したままの謁見なども含め、キュリア以外の者が行っていたら死罪を告げられる。
人が離れたのを確認すると、王の口調と態度が変わった。
自分の育ての母と話しているかの様に。
「キュリア婆よ。大変な事になったのう。どうにかならんのか? ブラギ様のお力で」
「なりませんな」
「そうか。そうであるなぁ……。こちらで調べた内容だと、こうだ」
――1月前に我が国の隣の王国連合に激しい雷撃が降り注いだ。それは自然による雷の規模を逸脱しており、直ちに調査隊を船で向かわせた。
現地で得た情報によると、王国連合の内1国は既に魔物の支配する国に変わってしまった。
現在は、連合軍が魔物の国と戦い、何とか進行を食い止めている状況が続いている――
王は続ける。
「連合軍も、そう長く持たんであろう。我が国からも王国軍を派遣したが、焼け石に水よ。あれらは、ただの人間では勝てん。そういう存在よ」
「先ほど師ブラギより賜った情報によると、あれらは魔人の王の軍であると」
「なんと! 予想出来うる事態の中で、一番最悪な状況ではないか」
「まさに」
「して、ブラギ様のは何と……」
「『キュリアよ。お前が何とかせえ』と一言」
「ならばキュリア婆、後は任せるぞ。これでこの国も安泰だな」
「……。 王よ……」
王は引き出しにしまってあった、蒸留酒を一口だけ口に含んだ。
そして、鼻でため息を漏らした。
Bパートへ つづく




