<3話> 「聖女と邪神と」 =Eパート=
秩序と混沌が同時に存在する聖女か。
ルイダもイリーナのお陰で、落ち着きを取り戻した様だ。
「私はこの後、『夜の錦亭』の様子を見てきます。
イリーナ、ルイダをお願いね。
それと、いざという時は、麒麟の力で転移して逃げて。
雷が見えたら、私もそちらの後を追うわ」
「分かりました。リルお姉さま」
私はスキルを使い跳躍した。
夜の錦亭は、既に襲われた後であった。
遅過ぎた様だ。誰も居なそうだ。
店内は争った様な跡があり、食卓などが破壊されてはいたが、血痕は無く、血の臭いはしていなかった。
代わりに辺り一面に酒が零れており、かなり酒臭かった。
気になってカウンターの向こう側を覗いてみた。
ちょうど私が飲んでいた辺りだ。
物凄く酒の匂いがした。しかし暗くてよく見えない。
カウンターの上に登り、中を覗いた。そこには2つの血痕があった。
お酒の匂いで鼻が、利かなくなってしまった様だ。
ブランデーの甘い匂いも混じっている。
そして真下を見た。すると、見覚えのある尻尾が見えた。
お酒でびしょびしょになっていたが、身体をカウンターの上へと引き上げ、横たえた。
顔を確認する。
額を打ったのか、割れて頭蓋骨が見えていた。
だが間違いなく、プルさんだ。
どうしようか、悩んだ。
どう運ぼうか、悩んだ。
悩んだが、正直、良い案は浮かばなかった。
結局、私は担いで運ぶ事にした。
GMの能力は、人を護るようには出来ていない。その事を改めて痛感させられた。
意識を失っているプルさんを左肩に担いだ。
お酒が私の鎧の中にまで入ってきてしまった。
ぐしょぐしょで、気持ちの良いものではないが、仕方がない。
お酒の匂いを漂わせながら、1人を担ぎ、敵軍の中を突っ切る。
我ながら酷い作戦だと思った。
私は転移魔法を自分に掛け、短距離転移を繰り返した。
7度繰り返したところで、宿屋内に戻ってこれた。
宿の受付に戻ると、ルイダがイリーナの手を両手で握り締めていた。
(なついてくれて良かった)
転移に気が付いたイリーナがこちらを向いた。
私は、プルをゆっくりと床に横たえた。
「お姉さま。どうなさいました? ってお酒??」
受付までお酒臭くしてしまった様だ。
私はイリーナが癒やしの魔法を使えると知り、治療を頼んだ。
軽傷だったようで、治療にさほど時間は掛からなかった。
この後、我々はどうする?
無論「とんずら」しかないであろう。
なんといっても、敵方の上級士官が突然裏切り、居なくなったのだ。
気付かれる前に、逃げる他はない。
まずは、どこへ行く?
気になっているのは、私が落ちてきた辺りだ。
邪神に聞けば、ある程度は分かるであろう。
だが、絶対座標高度0の私の部屋までは、魔王であろうと知るまい。
やはり、行くしかない。
「これから、この町より脱出しようかと思うの。
1カ所様子を見たい場所があるから、麒麟の力で転移します。
そこの様子を見たら、その後直ぐに転移して逃げるのだけれど。
どこか、逃げた後に休憩する場所、誰か心当たりある?」
皆、考えており、暫く沈黙が続く。
イリーナが口を開く。
「ごめんなさい、神殿ならば分かるけれど。
私が知っているのは100年もの昔……」
ルイダが言う。
「平原を抜け、3つ山を越えた先に、今は使っていない、うちの小屋があるわ」
「では、そこにしましょう。
念の為に、1つ手前の山に麒麟の力で転移して、そこから転移魔法で移動します」
作戦が決まった。
お酒の匂いは、揮発してだいぶ収まっていた。
それでも、まだ濡れているプルは臭う。
私は服を取り出し、気を失っているプルを3人で着替えさせた。
結局、皆お酒が肌に付き、ベタベタになってしまった。
ただ、濡れているよりは大分マシだ。
私はルイダの手を握り、イリーナは屈んだままプルの上半身を抱き抱えた。
私とイリーナは、それぞれの空いた手に麒麟の髭を持った。
Fパートへ つづく




