<逸話> 「プロローグ」
もし、この世界で一人だったなら
私は元の世界へ帰る事を諦めていたかも知れない
彼女は、私にとって掛け替えのない存在
仲間であり、友であり、妹であり、家族なのだ
私は、この世界で一人だった
あの出会いがなければ……
「やるではないか、赤髪の子よ」
全ての光を飲み込みそうな、暗黒竜が地表へと降り立つ。
竜の首に跨っているのは、緋色をした鎖のみを身に纏った巫女だった。
青白い肌が鎖環の内側よりも露出しており、竜の暗黒がより一層に巫女の青白さを際立たせる。
だが声の主は、暗黒竜でも、それに跨る巫女でもない。
巫女である少女には、邪神が憑依している。
そうなのだ。その邪神が、私を殺しにやって来たのだ。
邪神は巫女の口を通して、語る。
「だが、今の転移魔法は我には効かぬぞ」
私は「それならば」と、転移魔法を暗黒竜の方に掛け、強制転移してみせる。
巫女の身体は、突如跨っていた竜が居なくなったにも関わらず、片足を曲げた姿で、宙に浮いていた。
曲げていた片足は徐々に戻され、身体はゆっくりと降りる。
しかし地に足は着かず、微かに浮遊したままだ。
巫女の左手には武器として、鋭く尖った≪麒麟の髭≫が握られている。
薄ら笑いを浮かべつつ、殺気を向けるのだ。
私は距離を一気に詰めた。
自身の持つ剣、≪黄昏の剣≫が間合へと捉える為に。
やや腰を落とし、相手の右首を狙い、斬る。
切っ先は惜しくも邪神に躱されてしまった。
だが私は、一歩踏み出し脇腹を薙ぎにいく。
邪神は避けながら鎖を盾として使い、刃から身体を護った。
が、刃は僅かに右脇腹を擦り斬る。
鎖は片手で抑えられていた。その為、僅かな弛みがあったのだ。
邪神の反応は、明らかに人の速度を越えていた。
私の攻撃を狙って反撃に出たのだ。
擦り斬られながらも、左手に持つ麒麟の髭で貫こうとしてきた。
だがしかし、私はまだ攻撃を止めた訳ではない。
剣を両手で持ち、私は体重を掛ける。
鎖で抑えられた状態のままではあったが、脇腹の傷を深め、更に突き飛ばした。
それにより、邪神の放った突きは無効となる。
私の装備している胸当てに、軽く触れる程度で留まったのだ。
一方、宙に浮遊していた邪神は、十歩分以上も吹き飛ぶ。
地面に片膝を突き、漸く止まった。
どうやら、仮初の身体では十分に動けない様だ。
封印され憑依している巫女の身体を、私は改めて見つめる。
すると、斬った筈の右脇腹、その傷痕が既に消えて無いのだ。
「瞬間発動できる回復魔法。厄介ね……。そちらは相撃ち狙いでも良いのだから」
「ほう、その様な手が……あったか」
「白々しい……」
そう言い終えると、私は邪神に向かい、装備している黄昏の剣をダーツの様に小さな動作で投げ付ける。
邪神は、身を伏せ、大きな動作で躱そうとした。
私は投げ付けた剣に対し、転移魔法を掛ける。
邪神が躱した先の、しかも背後へと転移させたのだ。
だが邪神は、麒麟の髭を使い、振り向きもせずに背後へ迫る剣を弾く。
そして私に視線を送り、不気味に笑ってみせる。
ところが、視線を送った私の姿が忽然と消える。
私が自身の身体を、邪神の頭上に飛ばしたからだ。
剣を持たず落下する私は、上段から両腕を大きく振りかぶる。
長い私の髪が追従し、赤い軌道を描いた。
麒麟の髭を構えて邪神は、地面を蹴り身体を回転させながら跳ぶ。
長い邪神の鎖が渦を巻き、緋色き弧を描いた。
交差する二人の斬撃と突撃。
邪神は地面に叩き付けられ、黄昏の剣は血を啜る。
私は激突するその刹那に合わせて、剣を手の内に転移させていたのだ。
依り代である巫女の身体より滴る鮮血は、不思議な光と共に直ぐ収まる。
「やはり封印されているこの身体では、勝てぬか……」
邪神はゆっくりと立ち上がり、そして続けて私に問うた。
「もし、我の味方になれば世界の半分を御主にやろう――」
――これが、彼女たちとの最初の出会いだったのだ。