<23話> 「強襲! 魔粘性白金生命体 ~ホワイトメタルスライム~」 =Fパート=
石扉を抜けると、金緑色に光る苔がなくなった。
この先は別世界なのであろう。
RPGで言うなれば、ここから敵のランクが上がる様な、そんな感覚がする。
さしあたり、私は灯りを取り出す。
| ≪ LEDペンライト ≫
|エンチャント:ライト
|七色に輝くペンライト、これでライブを盛り上げよう!
|※電池が切れたら、振って充電してね♥
キュリアとエミアスにも渡した。
「リル殿、何故……私だけ2本……」
「え? 何となく……だし。じゃあ、試しに踊ってみよっか!」
「ひー。何ですか、そのフリは」
キュリアは私に指示されたとおりに踊りポーズを取る。
マグマのドレスは裾を内側に巻き入れ、膝丈上の長さに調節済みだ。
キュリアの綺麗な素足が、ファンの心を躍らせることであろう。
振り付けは一時流行った「ドリームアイドル」というゲームの物だ。
キュリアは膝を曲げた片足を上げ、ポージングをし、決め台詞を言う。
「キラ ☆彡彡 キラ ☆ミミ」
エミアスは後ろを向いて、声を必死に殺し――いや、殺しきれず爆笑している。
「プロデューサー、もう……堪忍してください」
「仕方がないわね~。その代わり、スカートはそのままよ」
「えっ!? こんなに短いの……見えちゃいますよ」
「大丈夫。大丈夫。寧ろパニエを見せ付けて!」
「だから、見えちゃいますって……」
「大丈夫。大丈夫」
「えっ……」
八英雄からアイドルへの転職を果たした、二灯流のキュリアを先頭に、長く続くスター街道を突き進む。
この先にどの様な苦難があろうとも!!
「今までで一番大きいわね、この部屋」
私がそう告げ振り向くと、エミアスは小型の立体魔術陣を形成していた。
普段ならば気に留めないのだが、何か嫌な予感がした。
私は過敏に反応する。経験からくるそれは、警戒心を一瞬にして最大級の物へと昇華させる。
まるで、一人称視点シューティングゲーム(=FPS)にて、数百メートル離れている地点よりの狙撃を受ける直前だ。
『 何か雫の様な物が垂れてくる 』
視認するより先に、身体が動いた。
ペンライトを持ちつつ、エミアスの淡い赤紫色のローブを掴む。重心を崩させてこちらへと引っ張り込んだ。
更に、ペンライトで私の側面へと押しやる。
熱せられた鉄板の上に水滴が落ちた様な、そんな音が静かな大部屋に轟いた。
垂れた雫が地面に触れると、水蒸気が立つ。
「はっ?」
エミアスには何が起こったのか、理解できていなそうだ。
生成した立体魔方陣が砕けている。
垂れた雫。それに私からは魔法ではなく手品を掛けられたのだ。
無理もない。
エミアスをペンライトで御すると、サッカーボール大の何かが降ってきた。
私は反射的に黄昏の剣を装備し、右手一本で薙ぐ。
手応えはあった。確かにあった。
けれどそれは、水を斬った様な感触だった。
私は空かさずペンライトを地面へと放り、両手で剣を構える。
それを見たエミアスは、部屋の対角線上へとペンライトを投げる。
キュリアも察し、残りの二辺へとペンライトを放った。
部屋は仄かな光に包まれる。
明るくなった天井を見上げると、そこには乳白色の何かが居たのだ。
子どもの頃に運動会でやった大玉転がしで使う玉の様に大きい。
それでいて、液体金属である水銀の様に、光沢を放つ流体なのだ。
「え? 粘性生物? 女王??」
降ってくるそれを、後方へ跳び、私は躱した。
同時に、キュリアの背部へとエミアスを転移させる。
「中位火炎狭域放射魔術」「中位電撃狭域放射魔術」
火炎と電撃が同時に私の横を抜けた。
キュリアが放ったのだ。詠唱速度の速さに、私は感心する。
もしかすると、銃などの引金を引く速度よりも上かもしれない。
私は二人の盾となるべく、粘性生物との直線上に身を挺した。
キュリアの魔術が効いていないのだ。非常に厄介な敵だ。
粘性生物の丸い巨体が突如として長く伸び、こちらへと迫る。
魔術による攻撃に憤慨しているのか。
黄昏の剣を横に構え、私は横一文字に斬った。
だが、またしても手応えがない。
それでも粘性生物は二つに斬れた。
いや、もしかすると分裂しただけなのかもしれない。
「炎や雷だけでなく、斬撃も……!?」
二つの流動体は、私を無視して通り過ぎる。
そして、また一つへと融合したのだ。
「しまッ……」
「エンチャント・エア!!」
真っ赤な短いスカートが舞い、素足が大胆に露出する。
キュリアは迫り来る粘性生物の側面へと、風を纏わせた蹴りを喰らわせたのだ。
効いたのか効かなかったのか、それは分からないが、とにかく粘性生物の動きは止まった。
埋まった足を抜くべく、キュリアは足を引く。
だが、足首から先が簡単には抜けないのだ。
ヒールの付いた赤い靴は白い乳液にまみれる。
「うぅぅぅ。足が……。あぁぁぁぁぁァァァッ」
「このっ! 離しなさいっ!」
異変に気が付き、エミアスが錫杖で粘性生物を撲り付ける。
だが、今度は金属製の錫杖が飲み込まれる。
そして一瞬にして、ぐにゃりと溶けた様にまがる。
「なっ!?」
「エミアス手を離して! 錫杖から手を! 早く!」
私は手を離したエミアスを背後へと転移させる。
先程、キュリアの方に転移させたのは失敗だった。
能力を過信してはいけない。本当に、肝が冷えた。
自分のスキルが人を護るべきものでない事は十分に自覚をしている。
それでも私は転移し斬り付けた。キュリアを救出すべく。
斬撃でダメージを与える事が出来ずとも、切り裂いて救う事は可能であろう。
屈みながら放った剣は、弧を描く。
キュリアの足を回避して、巧く粘性生物を分断した。
そしてキュリアを数歩分、後方へと転移させる。
ヒールの付いた赤い靴を、キュリアは粘性生物の欠片と共に履き捨てた。
靴は既に半分ほど溶けている。
脱いだ素足からは煙が出ており、嫌な臭いが鼻を突く。
キュリアは地面に足を突くと、痛みに顔を歪ませる。
「くっッッ……」
≪上位回復魔術≫
エミアスの放った立体魔術陣が出現し、火傷の様な傷は直ぐに癒えた。
けれど、キュリアは再び辛そうな表情をする。
「痛みが……まだ。どうやら、毒に近い」
「斬撃は効かない様だけれど、一応……装備を渡した方が良いかしら?」
「おそらく、溶かされたりなどして……魔力が直ぐに枯渇してしまう。
残念ながら、相性の悪い敵の様です」
おそらく、この粘性生物は金属を容易に溶かし、更には有機物をも溶かす。
この場で溶けないのは、不破壊である私の黄昏の剣ぐらいだろう。
――いや、もう一つある。
「キュリア、土属性を!」
するとキュリアは、石器の様な黒い二本のナイフを生み出す。
そして、片方だけ履いていた靴を蹴り飛ばし、再戦の合図とばかりに粘性生物へとぶつけたのだ。
触手の様に伸びた粘性生物の一部がキュリアへと迫る。
だが、直ぐに触手は細切れとなった。
キュリアの持つ石のナイフによって。
「いけるわね!」
「そうか、ここに閉じ込められていたという事は、岩などは溶かせないのですね。
……さすがはリル殿」
私も加勢しようと、本体を背後から斬り付ける。
““ギン””
「えッ?」
それまでの水を斬っている感覚とは違い、確かな手応えがあった。
それもティーナが持っていた盾の如き堅さだ。
キュリアにも再び触手が迫った。
即座に反応し、石のナイフを交差させて受け止める。
だが、直ぐに石の刃は欠けてしまい、粉砕されてしまった。
防御を突破した触手はキュリアの腹部を強く押す。
「くはッ」
キュリアの呼吸が一瞬止まる。
そしてそのまま後方へ吹き飛び倒れた。
私は救うべく、本体へと斬撃を何発も放つが、容易に跳ね返されてしまう。
「ああぁぁっっ……。何を!?」
突然の声に、私は驚き振り向いた。
するとエミアスが両膝を突いていた。
「しまっッッ……」
一瞬にして視界が揺れる。私も膝を突かされた。振り向いた隙を狙われたのだ。
本体から伸びた触手により、私の両腕は捉えられてしまう。
踠き抵抗すると、今度は倒され後ろ手にされてしまう。
倒される時に頭を強く打ち付けた。
ダメージこそ無いものの、軽い目眩がし、意識が少しぼやける。
(もう一体居たのであろうか?)
いや違う。あの位置は、一番最初に私が斬った分裂体。
「あ。これ…割と詰んでるんじゃ……」
Gパートへ つづく




