<23話> 「強襲! 魔粘性白金生命体 ~ホワイトメタルスライム~」 =Cパート=
ちょっと裏山へ散歩に行ってくる――そんな感じだった。
私たちは謎の飛来物が落ちたと思しき古代遺跡周辺へと赴いている。
事の発端は、ある噂をマリンちゃんから聞いたからだ。
数ヶ月前になる。「空から星が降ってきた」、そんな噂がこの港街で広まった。
そして偶然にもその直ぐ後、“王国連合内の国が一つ丸ごと魔物の支配する国に変わってしまった”という情報が伝わる。
それにより、「あれは魔王軍の攻撃だったのでは?」という見識が広まったのだ。
街は一時騒然となったのだそうだ。でも、先日の聖母教総本山の襲撃まで実際には魔王軍の襲撃はなかった。
なので噂は、それまで忘れ去られていたという。
私はその噂が妙に気になった。
この世界へと私がやって着た時に似ていると、直感的に思ったからだ。
落ちてきたのは、魔族や魔神であろうか?
それとも、私の様な存在。例えば『プレイヤー』?
あるいは全く別の――……?
ともあれ、飛来物の噂より数ヶ月の間、魔物や魔人族の目撃はない。
今回、戦闘になる事はないであろう。
この古代遺跡の周辺探索には、聖母教の大司教エミアスが加わっていた。
エミアスはエルフと魔神の混血である。
金の髪を持ち、その髪からは長く尖った耳が突出している。
おしゃれ着をしている私たちに対抗してか、ストロベリーの様な淡い赤紫色のローブを纏っていた。
もし戦闘があったとしても、私が預かった皆の戦闘装備を直ぐ取り出せば良い。
ピクニック気分で、何の問題もない。
それに実際、これはピクニックだ。
小綺麗な格好をし、お菓子を持ち、紅茶を持ち、小高い丘を登り一休み。
人の手が入った場所で、ちゃんと道もある。
私は子どもの頃の学校遠足を思い出しつつ進んだ。
そういえば、この世界ではバナナがおやつに含まれるのだろうか?
いや、そもそもバナナはあるのか?
「チョコバナナが食べたいッ!!」
「何ですか、チョコバナナって!?」
私のダダ漏れな心の叫びに、イリーナがいち早く反応する。
「えっと、バナナっていう黄色くて長細い果物?野菜?
それを、あま~いミルクチョコレートでくるんで食べるのッ!」
私とイリーナは、妄想の中でチョコバナナを食べた。
舌で舐め、口に含み、味わう。
口の中で体温により溶けたチョコとバナナが混じり合う。
「あぁ、幸せ。――もぐもぐ」
「お姉様、帰ったら絶対に食べましょう!
スミュールなら南東の果物も流通していますからっ」
「リル殿、あの……私も、食べたい……です」
「おっけー。皆で食べましょうね。ソフィアの分も用意しなくっちゃ。
……って、そういえばソフィアは?」
「ソフィアさんは義弟のスパスと共に、朝早く出掛けたそうです」
答えたのは、ストロベリーチョコバナナ――もとい、エミアスだ。
「お話し中にすみませんが、何か見えて来ましたので。あれ、遺跡ですよね?」
一緒に来てもらっているマリンちゃんが、指で丘の上を差し示す。
空いている方の手は口元を隠し、その姿は相変わらず愛らしい。
細く伸びた指の指し示す先を、私は見つめる。
「あれって……古代遺跡って、聖母教総本山にあったのと同じ感じのやつ?」
エミアスは不気味な作り笑いを浮かべる。
「ええ、左様にございます。
リル様が穴を開けた……あの古代遺跡と同じにございます」
ストロベリーチョコバナナの仕返しか?
声に出したつもりはなかったけれど、もしや漏れていた!?
「くううううううう。私、エミアス嫌い……」
「くすっ」
そう笑ったのはイリーナではなく、キュリアだった。
「エミアス、そのくらいにしてあげて下さい。お姉様が泣いてしまいます」
すかさず優しいイリーナは、フォーローを出してくれた。
さすがは心の友。
「……って、イリーナ?
その穴開けた話、誰かに聞いたの? てか、何で知ってるの!?」
イリーナは言葉でなく、顔と目でエミアスを指す。
するとエミアスは作り笑いから一転、残念そうな顔をした。
私はなんだか無性に恥ずかしくなる。
「うえ~ん。穴があったら入りたいよぉ……」
「また穴を開けるのですか? お姉様は」
「わ~ん。イリーナまで……。酷い…の……。キュリア助けて」
キュリアは口元だけで笑うも、目が笑っていなかった。
はぐらかす様に、独り急ぎ足で急斜面を登っていく。
「さて。……大きな穴が見えますよ」
私も駆け寄り、大きな穴を覗き込む。
「これは……。えっ?」
イリーナも隣へやって来て、仲良く覗き込む。
「隕石? なの、でしょうか?」
地面に直径20m以上の大きな穴が空いていたのだ。
よく見ると、穴の中程には掘り返された跡があった。
遺跡の地上部分とよく似た構造物が出土している。
飛来物によって地面に穴が空き、おかげで遺跡の新たな入り口が発掘されたのであろう。
けれど、今回の目的はそちらではない。
私は大穴の凹んでいる中心部へと、引き寄せられる様に自身の身体を転移させた。
長いスカートが風で暴れる。捲れそうになった為、両腕で押さえた。
赤い髪にいたっては、いつまでも靡いていて収拾がつかない。
中心部には何もなさそうだが――。
一歩、二歩、と、ゆっくり踏み出した。水面に薄く張った氷の上を歩く様だ。
実際にガラスの欠片の上を歩いているのかも知れない。
バリンバリンと、ちいさいが嫌な音と感触を足に受ける。
隕石により結晶化した珪素なのであろう。
「ん?」
それとは別の、何か堅い物を踏んだ感触があった。
私は恐る恐る足を退け、長いスカートを持ち上げて、足下を覗き込む。
けれど、何も視認できない。
私はスカートの裾を片手で摘まみ上げる。
空いた手に愛刀である黄昏の剣を装備する為だ。
剣をスコップ代わりに突き立て、掘り起こしてみた。
そこにあったのは、石とも光沢のない金属とも思える何かだ。
剣を地面に突き立てたまま、何故か私は警戒する事なく石を手に取る。
「大丈夫……なのですか? お姉様」
イリーナは穴の上で、心配そうに私を見つめていた。
「イリーナ、いくよー。手ぇ、出して~」
「えっ? あ、ッはい……」
私はイリーナの手元へと石を転移させる。更に自身も隣へと転移する。
石は丸くソフトボールよりもやや大きい。
丸い石だ。これが飛来物の正体であろう。
タダの隕石だ。この鉱石を元に、最強の日本刀でも造れたら良いのだが。
どちらにせよ、魔物や魔人族の心配もなさそうだ。
私とイリーナ、そしてイリーナの中に潜む邪神も確認した筈だ。
石に問題はない。やはり、これはピクニックなのだ。
「お星様……落ちてしまうと光らないのですね」
マリンちゃんは指を顎に充てがい、イリーナが持つ石を不思議そうに眺めていた。
イリーナはエミアスへと手渡すと、今度はエミアスが顔を近づけ、まじまじと見つめる。
そしてなんと、次の瞬間、事件は起きた。
エミアスが、着ている淡い赤紫色のローブの胸元を引っ張り上げる。
そして、ぽろりんと服の中へ落とした。そう、服の中へとしまい込んだのだ。
両胸に挟まり乗っているのであろうか? 石は上手く落ちずに留まっている。
「えー!?」
私は衝撃を受け、感嘆を口にした。
キュリアは自分の胸元をチラリと見つめた後、両の手で合掌した。
とても感服している。
私もそうだ。
何故ならば―― 今、エミアスの胸は「3つ」となったのだからだ。
「さてさて。目的も済んだし、次は遺跡探索……でもしますか?」
Dパートへ 続く




