<23話> 「強襲! 魔粘性白金生命体 ~ホワイトメタルスライム~」 =Bパート=
若い声が、冷めた石畳を返してこだまする。
この教会を取り仕切る司祭ハルモニアは、80近い年齢ではあるのだが、声が若いのだ。
そしてその声は、いつにも増して高く可愛らしくある。まるで少女の様だ。
対話するキュリアの声も、心成し高くなっていた。
「それにしても、キュリアさん――
キュリア卿が、八英雄の戦乙女なのだと知った時、私はそれはもう……」
「またその話ですか……」
「ええ。だって昔から、八英雄に憧れていたものですから」
ハルモニアは剣を構えるマネをして、素振りを始めた。
だがその動きは、ぎこちない。
何回かの素振りの後、一旦ハルモニアは動きを止める。
「あら、私とした事が、戦乙女は二刀の剣でした――」
二刀流に切り替えようとしたハルモニア。
だが、それをキュリアは近寄り話し掛ける事で阻止した。
「ハルモニア様は、本当に今でも乙女なのですね」
ハルモニアは恥ずかしいとばかりに顔に両手をあてる。
そして両手は、キュリアの背中をドンと叩いて押した。
勢いに負け、キュリアは数歩前に躍り出る。
ハルモニアは左右に首を振り、恥ずかしそうに呟く。
「いやですよ。乙女などと……、こんな老婆に……」
何とか態勢を整え、キュリアは振り向く。
「心の成熟も重要ではありますが、同時に若さも必要かと」
声の若いハルモニアが老婆であり、見た目の若いキュリアは歳を取らず少女の姿なのだ。
二人は正面に向かい合って、互いを見つめる。
「あら、素敵。もっと早く、キュリア卿に巡り会いたかったわ。
そうすればきっと、お友達に成れたでしょうに……。
そうだ、今からでも成れますでしょうか?」
「もう既に友ではないですか。私の事は『キュリア』と呼び捨てで良いのですよ」
「それは素晴らしい案ですわ。では、私の事も『ハルモニア』とお呼び下さい」
「ありがとう、ハルモニア」
「それにしても、友に成るのに互いの年齢など関係ないのでしょうね」
「あまり歳は変らない筈ですよ。
というより、むしろ私の方が少し歳が……」
「そうでした……確かに。言われてみれば。見た目についつい惑わされて。
けれども、私は正直羨ましいです。キュリアの、その見た目の若さが」
「私はハルモニアの乙女心が羨ましい。
……心が少し、私は老い耄れてきているのかもしれない……」
曇り顔のキュリアに、ハルモニアの顔は清々しい笑顔で問答する。
「そういえば、この街で運命の出会いがあったのかしら?
キュリアの心が、何だか乙女の様に感じられるのだけれど?」
キュリアは直ぐには答えず、自身の着ているマグマの様な真っ赤なドレスを見つめ、更に祭壇を見つめる。
そうして行き着いた視線の終着点は、私だった。
当然ながら、私はキュリアと目が合う。
私たちは、半年前に落ちたという飛来物の情報を求めて教会へとやって来ていたのだ。
そして、ハルモニアと仲の良いキュリアに、まずは聞いて貰おうと。
話が盛り上がり、キュリアとハルモニアの二人が友として語り合っている。
この状況下で、私が「早く飛来物の事を聞くように」と口に出すのは、あまりに無粋。
私とて、そこまで気が利かない鈍感ちゃんではない。
きっとキュリアは、なかなか聞き出すタイミングが掴めず、目が泳いでしまい、困って助けを求めるべくして私と目が合った。
――そうに違いない。
なので私は、キュリアに焦らずにという意味を込めてウインクを飛ばしてみる。
すると、キュリアの顔は一瞬にして真っ赤になった。
マグマのドレスからの湯気に当てられたのであろうか?
――などと冗談を思い描いていると、キュリアはその場で卒倒した。
私は慌てて転移し、キュリアの身体を受け止めるのだった。
◆
キュリアは私の脚を枕にし、礼拝堂の木製ベンチで横たわる。
閉じた瞼の奥には、紫水晶の様な瞳が眠っている。
私を魅了する、宝石の様でもある。
淡い色の金髪は後ろで束ねられ、前髪は瞼を隠す。
私はその長い前髪を指でかき分け、キュリアの顔を見つめる。
キュリアは、八英雄「戦乙女」と呼ばれている。
この世界において誰もが知り、そして憧れる存在なのだ。
「私は……」
紫色の瞳が世界を映し始め、私の黒い瞳にも映える。
「目が覚めて?」
「……はっッ!? これは……そのッ……」
キュリアは私の太股の上で、くるりと頭の向きを変え、外方を向く。
私のスカートは捲り上がった。
けれど藍色のドレスは長く、足下が出る程度で済んだ。問題はない。
「申し訳ございません……。私はどの位、眠っていたのでしょうか?」
「んー。お腹が空く位は経ったかしらね。
キュリア、私の方こそ……ごめんなさいね。体調が悪い事に気が付かず」
「あッ……いえ、そのッ……違うのです」
キュリアは股の上で振り返り、呟いた。
お腹に視線と温かい吐息を私は感じる。
私はキュリアの髪を指で梳かしつつ、具合を伺う。
「大丈夫そうならば……この後、食事にするのだけれど。
例の飛来物の捜索は、明日に体調が戻っていればにしようかと」
「――……ぶ、です」
お腹の中で、キュリアの声が轟く。
「私ならば大丈夫です……」
桜色に染まり上がった唇が蠢く。
手をベンチに突き、上半身を起こしたキュリアの顔が、目前にまで迫ってきていた。
桃色の唇を、私は見つめる。
「うん、血色は良さそうね。良かったわ……」
手を握り締めて懇願してくるキュリアに、私は負けた。
「分かったわ……。食べて、少し食休みをしたら行きましょう。
キュリア、貴女も一緒にね」
Cパートへ つづく




